36話 世界会議、開幕
魔王城の“天空大広間”は、世界中の代表を迎えるために、数百年ぶりに扉を開いた。
魔王アークの号令によって実現した異例の「世界会議」。それは、魔族・人間・エルフ・獣人・ドワーフ――各国の未来を賭けた試みだった。
「――本日をもって、世界は分断から対話へと踏み出す」
ミカは緊張した面持ちで、議事の書類を持ち、各国の代表者の名札を並べていた。
空には、和平の象徴たる“虹の結界”が魔力によって張られ、城全体を包み込んでいた。
最初に入ってきたのは、グランフォル王国の獣人代表・ガルダ公爵。
「おう、相変わらず広い城だな。人間の城なんて、うさぎ小屋に見えるぜ」
続いて、ドワーフの鍛冶王・ダラモンドがどっしりと腰を下ろす。
「鉄と酒さえあれば、どこでもやってけるがな……まぁ、話くらいは聞いてやろう」
エルフの代表、女賢者セレフィナが入室すると、空気が一瞬静まる。
「話し合いの場に、魔族が真の対話を望むのなら、私たちも耳を傾けましょう」
最後に入ってきたのは――
人間の王国より、“代理人”として派遣された貴族議員・ルドヴィック公。
「……この場に、陛下は参らぬ。これはあくまで“傍観”としての出席だ。魔族の意向を記録する役目を果たそう」
彼の眼差しは冷たく、疑念に満ちていた。
壇上に立った魔王アークが、威厳ある声で語りはじめた。
「この場に集いたる各国代表よ。今こそ、かつての敵対を越え、我らは“未来”を語るべき時が来た」
その言葉に、ざわめきが走る。
ミカは議事書を手に、各代表の反応を観察していた。小さな表情の揺れすら、彼女には外交戦の「駒」に映る。
そして、ミカは小声でアークに伝える。
「……予想通り、人間代表は消極的です。ですがドワーフは“技術”での交渉に興味を示している様子。獣人は“感情と実利”、エルフは“理念と信念”が鍵となります」
アークは微かに頷いた。
「ならば、この場の“空気”はお前に任せよう。秘書よ、我が言葉の“調律者”たれ」
初日の議題は「停戦の継続」と「国境の共有資源の管理」について。
「我らの森に、貴族たちは境界を越えて狩猟に入ってきた。これは一方的な侵略と変わらない」
セレフィナの声が静かに鋭い。
「エルフの領土に興味などない。ただ、獣が溢れれば自然に拡がることもあるのだ。人間が自然を制御して何が悪い?」
ルドヴィックが皮肉まじりに反論する。
――火種は、すぐそこにあった。
だが、ミカは言葉を挟む。
「……それぞれの“言語の使い方”に注目してください。“支配”と“共存”は、選ぶ言葉ひとつで大きく変わります」
その言葉に、代表たちは少し沈黙した。
「……賢い秘書を抱えたものだ、魔王よ」
ドワーフ王ダラモンドが、酒瓶を置きながら笑った。
開会初日。激しい応酬のなかにも、一筋の希望が見え始めていた。
その夜、ミカは執務室でアークと話していた。
「明日から、より核心に触れる議題が増えます。“誰か”が、この会議を壊そうとしている気配も……」
アークは静かに目を閉じ、言った。
「ならば、その“誰か”を見つけ出すのも、お前の役目だな。――秘書として、ではなく、この世界の未来の“代弁者”として」
夜は深く、世界会議はまだ始まったばかりだった――。