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3話 異世界の企業文化とは?

「……で、これは一体なんの書類ですか?」


俺の手元には、“深紅の封蝋”が押された一枚の羊皮紙。


それを見た瞬間、俺の背筋はうっすらと寒くなった。


魔王軍内政庁の筆頭事務官――通称“書類番長”のゴブリナさん


(ゴブリン族・女・推定年齢70歳)が、にこりともしない顔で答えた。


「これは、月次“呪的人事報告書”でございます。


全魔族職員の“霊圧変動”と“魔力残留値”を記録し、月末に陛下へご報告いただく重要資料です」


「いや……その概念、要ります?」


「もちろんです。霊圧の低下はモチベーション低下の初期兆候ですから。うちの“企業文化”では最重要項目です」


俺は心の中で頭を抱えた。


この世界――魔王城という職場には、いわば“異世界的企業文化”が存在する。


見た目は中世風でありながら、運営システムは極めて近代的。いや、むしろ“妙なところでだけ近代的”だ。


たとえば:


* 社内連絡には魔導通信端末マナフォンが使われている。

* 書類はすべて手書き&魔力インク。魔力濃度が薄いと提出拒否。

* 会議は定期的に行われるが、ホワイトボードの代わりに空中投影式魔法図。

* なのに給湯室は存在しない。コーヒーが飲みたければ、“下級火魔法で自炊”。


極めつけは、“魔王軍社則”と呼ばれる厚さ8センチの冊子だ。


中身を読んでいくと、まるで異世界企業あるあるのオンパレードだった。


【魔王軍社則:抜粋】


・第13条:勤務中の眠気による爆発は自己責任とする。

・第24条:上司への“牙剥き行為”は原則禁止。例外として、四天王会議時は可。

・第56条:恋愛禁止はしていないが、同僚間での恋愛による魔力暴走があった場合、当事者を森送りにする。

・第99条:魔王陛下の気分が乗らない日は“休日”に該当するため、出勤は自己判断とする。


「……なんだこれ」


俺が思わず声に出して呆れたとき、側にいた鬼族の庶務官・グレンが苦笑した。


「まあ、形だけっすよ。現場は現場で、柔軟にやってますから」


「でも、これを盾にしてサボる奴とか出ないの?」


「出ますよ。特に“気分が乗らない日は休んでいい”とか。上司も乗じて全休しますし」


うわ、まさにカオス。


とはいえ、俺がいた前職も負けてはいなかった。


社訓が「やれと言われる前に察しろ」だったし、“定時退社=裏切り者”という風潮すらあった。


そう考えれば、ここはまだ“笑えるレベル”だ。


だが――問題は、“改善の余地が多すぎる”ことだった。


俺は、早速改革に乗り出すことにした。


まずは、“労働時間の見える化”。

現状、職員たちは「なんとなく仕事が終わるまで働く」というスタイルを取っており、終業時間もバラバラだった。


「これじゃ誰も“終わり”がわからないじゃないですか……」


俺は“水晶時計”を改良し、“魔力バッジ”と連動させた出退勤記録システムを導入した。


これにより、毎日の勤務開始・終了が記録され、月ごとに“魔族別労働ランキング”が自動生成される。


「お前、まさかこの俺の出勤時間まで記録してるのか……?」


「もちろんです。陛下は今月“午後出勤18回”ですね。自己記録更新です」


「ぐぬぬ……!」


この仕組み、意外な効果を発揮した。


魔族たちは、ランキングにされると張り合う性質があったのだ。


「ククッ……ついにあの死霊課長を抜いたぜ!」

「おれ、魔力残量は少ないけど、出勤率は常に上位!」

「よし、来月は“昼出勤”に挑戦してみようかな……」


ランキング争いの火蓋が切られた。無駄に体育会系である。


次に取り組んだのが、“報連相文化の構築”である。


かつての俺の職場では、「相談しろ」「なぜ相談しない」が上司の口癖だったくせに、


相談すると「自分で考えろ」と返される地獄があった。


だからこそ、この世界では“相談できる仕組み”を最初から明文化した。


俺は、各部門に“報連相ノート”を設置し、誰でも気軽に上層部にメモを残せるようにした。

加えて、毎週の“報告タイム”を導入。言い訳やミスを責めない“受け入れ空間”を構築した。


「……報告しやすいって、こんなに楽なんすね」


若手の魔族兵が、そうポツリと漏らした。


「お前の“霊圧変動”も安定してるな。やはりこの方式は正解か」


なぜか、ゴブリナさんも喜んでいた。


こうして少しずつ、魔王軍の“企業文化”は変わり始めている。


魔族たちの間では、最近こんな言葉が流行っているらしい。


「“あの秘書が来てから、魔王城の空気が変わった”」


「“人間だけど、意外と頼れる”」


「“てか、あいつ人間か? 仕事量えぐい”」


……まあ、最後のだけは褒め言葉じゃない気がするが。


それでも、異世界で築く“まともな職場”への第一歩は、たしかに踏み出されたのだった。

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