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29話 会談に潜む影と不穏な気配

ドワーフ国家・グルドガルドとの交渉が無事に終わったその夜、私は報告書の作成のために執務用の仮設テントに戻っていた。


机の上には、ドワーフ技術の新兵装案や今後の協力体制図、魔力変換の応用構想が並んでいる――しかし、それらに集中できない。


妙な、違和感があった。


「……静かすぎる」


夜の鍛冶場には本来、微かにハンマーの音や蒸気の唸りが残っているはずだ。だが今夜に限って、風の音すら聞こえない。


私はそっと椅子を立ち、外の様子を確認する。


そこで気づいた――テントの影に、人の気配があった。


すぐに身を引き、懐の短剣に手をかけた瞬間、テントの布を裂いて黒装束の者が突入してきた。


「ッ!? まさか暗殺――」


刃が鋭く閃く。私は身を翻して机を盾にする。


「“魔王の秘書”が一人とはな」


低い声の刺客は、明らかに“訓練された者”の動きだった。魔王軍の兵士でも、ドワーフの傭兵でもない――どこか、異質だ。


私は小さく印を結び、簡易結界を展開。時間を稼ぐ。


「あなた……誰の差し金?」


返答はない。ただ殺意のみを放ちながら、二撃、三撃と襲ってくる。私は反撃に転じ、蹴りで相手の面布を吹き飛ばした。


見えた顔に、私は凍りついた。


「……人間?」


明らかに、異世界から来た者と同じ“人間の青年”――だがその目は、何かに操られているようだった。


急所を狙う鋭い突き。私は辛うじてかわし、脇腹をかすめた一撃にうめき声をあげながら、逆に相手の手首をねじりあげて組み伏せた。


「……っ! なぜ、こんなことを」


男の懐から落ちた小瓶が、石畳に転がった。


「“操心薬”……!」


それは精神を一時的に制御し、命令を刷り込む禁呪の一種。これを使えば、他者を人形のように操ることができる。


しかもそのラベルには、見慣れない国章――


「……これは、“人間の王国”のもの?」


私は急いで捕らえた刺客を拘束し、魔王アークへ報告を上げた。


翌日、魔王城と連絡を取り、アーク陛下はすぐに事態の調査を命じた。特に、この暗殺未遂が他国の関与によるものか否か――それが焦点だった。


「……会談が順調に進んでいることが、誰かにとって都合が悪いらしいな」


アークの声は静かだが、その眼には鋭い光が宿っていた。


私がこくりと頷くと、彼は続けた。


「次の会談――“人間の勇者”との接触の前に、準備を急ごう。敵は、こちらの団結を恐れている」


情報部の分析により、“複数の密偵が魔王領に潜入している”事実が明らかになった。


グルドガルド側もすでに不審な行動を察知していたらしく、ドワーフの諜報員が動き出していた。


テントの片隅で、私は再び報告書を綴りながら、震える指を見つめた。


「……本当に、人間だった」


転生者なのか、あるいはこの世界の“勇者の一人”なのか――それはまだ分からない。


だが、世界はゆっくりと、確実に“火薬庫”へと向かっている。異種族の連携に焦る何者かが、その導火線に火をつけようとしているのだ。


私は深く息を吸い、筆を置いた。


「私の役目は、“つなぐ”こと。たとえ、誰かに狙われても」


――次は、人間との接触。


いよいよ、世界の均衡が揺らぎ始める。

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