27話 エルフの賢者と森の条約
グランフォル王国との会談から数日後、魔王城にまたもや使者が現れた。今度の使者は――森の民、エルフ族。
白銀の髪と緑衣に身を包んだ使者は、手に巻物を持っていた。中には、エルフの統治機関「セレスティア評議会」からの文が記されていた。
> “賢者リュシアン、貴殿の秘書を通じ、真なる対話を望む。
> 我らは時に従い、風に耳を澄まし、理に従う。”
その文面は、まるで詩のようだった。だが読み解けば、「正式な条約交渉に応じる」という意志が見て取れた。
「詩か手紙か呪文か……相変わらず分かりづらいな」
アークがため息交じりに言ったが、私は静かに頷いた。
「しかし、彼らがこちらを“対話の相手”と認めたことに違いありません。行ってまいります、魔王陛下」
こうして私は、二度目の外交任務へと赴くことになった。
エルフの森「ミスティリア」は、世界の南端――霧と魔力の交じる秘境にあった。道中には道標もない。案内役の精霊騎士がなければ迷い込んだまま帰れないと言われている。
「風が囁いています。“選ばれし者のみ通れ”と」
淡い光を帯びたエルフの案内人が、私の横でそうつぶやいた。私は軽く頷きながら、森の奥へと足を進める。
やがて、巨大な樹木に囲まれた評議の樹殿が見えてきた。そこに待っていたのが――伝説級の賢者、リュシアンであった。
リュシアンは、200年以上生きていると言われる長命のエルフ。その眼差しは、まるで“こちらの魂を見通す”ような鋭さと優しさを併せ持っていた。
「お前が“魔王の影にして、言葉の使い手”か」
「はい。魔王陛下の第一秘書です。」
私が名乗ると、リュシアンは静かに頷いた。
「お主の言葉には“嘘”が混ざっていない。よい、それなら話そう」
それは、エルフにとって最も高い“交渉の許可”の印だった。
話し合いのテーマは、以下の三つだった。
魔界とエルフの森との境界問題
古代魔法植物の共同研究と管理
精霊との共存協定(魔力の循環保護)
これらは単なる政治的交渉ではなかった。特に「精霊との共存」は、エルフにとって信仰にも近い精神的問題であり、単純な“契約”ではなく“誓い”が求められる。
「契約は紙に記すが、誓いは心に刻まねばならぬ。貴殿はそれを理解しているか?」
リュシアンの問いに、私は深く頷いた。
「はい。それは“共に未来を創る覚悟”だと理解しています」
静かな空気が、森の中を包んだ。やがてリュシアンは、柔らかく微笑んだ。
「良い。“星の鏡”の前で、正式に交わそう。森の条約を――」
その夜、私たちは“星の鏡”と呼ばれる聖地へ向かった。巨大な水鏡が夜空を映し、無数の星が湖面に降るように輝いていた。
「これは、自然と精霊が誓いを見届ける場。我らエルフの最も神聖な場所だ」
リュシアンと共に、私は湖の中央に進んだ。そこで両者は手を掲げ、自然への感謝と未来への意志を込めて言葉を交わす――言葉に宿る“言霊”が、星と風に乗って流れていくようだった。
――このとき、私は確かに感じた。
人種も種族も越えて、“世界は繋がりうる”ということを。
そして、会談の最後、リュシアンは静かに告げた。
「お前は、“対話の架け橋”だ。いずれ、もっと大きな争いが来るだろう。その時、お前の言葉は世界を動かすことになる」
それが、賢者からの“予言”だった。




