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26話 獣人族・グランフォル王国との会談

ある朝、魔王城に届いた一通の文書。それは、獣人族が統治するグランフォル王国からの正式な会談要請だった。


「この国が直接会談を申し出てくるなんて……珍しいな」


魔王アークが眉をひそめ、手紙を広げながら言う。獣人族とはこれまで互いに干渉を避ける“静かな緊張状態”を保っていた。彼らは高い誇りを持ち、外の勢力に容易に心を開かないことで知られている。


「しかも、交渉の場は中立地帯ではなく、彼らの王都直轄の城塞都市。こちらにとって不利な舞台ですね……」


私は手帳を開きながら分析を進める。外交の場における「場所」は力関係を象徴する。相手の本拠地で行うということは、こちらが“訪問者”として扱われ、交渉の主導権を相手に握られる可能性が高いのだ。


――とはいえ、これは“チャンス”でもある。


「この会談、受けてみよう。交渉役はもちろん……君だ、秘書殿」


アークの鋭い視線とともに、任務が下された。私は静かに頷いた。


会談は三日後。使節団を編成し、私を中心に魔族の知識人や通訳、護衛の兵士らが同行することになった。だが、魔王は同行しない。


「今回の会談は“実務者レベル”での信頼構築が目的だ。君の判断に委ねる」


その言葉に、私は重責と同時にある種の信頼を感じた。


魔王城から南東、草原を抜け、山道を越えると獣人族の国境が見えてきた。牙を模した門、警戒する兵士、そして圧倒的な筋肉量の戦士たち。文明の香りは薄いが、厳格な秩序がそこにあった。


獣人王・グランガルドは、全身を黄金の毛に覆われたライオンのような男だった。彼の視線は、私をじっと見据えてくる。


「魔王が来ぬとは、随分な“舐めた態度”だな」


――予想通り、開口一番の挑発だ。


「いえ、魔王陛下は私に“実務を任せられるほど信頼している”という意志を示すために、あえて同行なさらなかったのです。私が不適任であれば、その責任は私が命で償います」


静かに、しかしはっきりと返すと、グランガルドの目が細まった。


「ほう……。人間のような論理だが、嫌いじゃない」


第一関門は突破したようだった。


交渉の主題は、以下の三点に絞られていた。


国境地帯の資源分配


獣人と魔族の民間交易の緩和


軍事的非侵攻協定の試験運用


特に焦点となったのは“交易”だった。獣人族は狩猟や薬草など自然資源に恵まれる一方、魔族側は錬金術や魔法道具の技術に優れる。相互補完は可能だが、「信用」がなければ交易は成立しない。


私は、前世で培ったプレゼン資料の技術を応用し、紙と簡易図を用いて双方に利益が出るシナリオを提示した。


「このスキームなら、貴国の“誇り”と“独立性”を尊重しつつ、こちらも技術協力が可能です」


グランガルドはしばし沈黙し――低く笑った。


「面白い。言葉でなく、“構造”で語るとはな。貴様、ただの書記官ではなかろう」


会談は、予想を超えて順調に進んだ。初回にしては異例の「仮協定」署名まで進んだのだ。だが、それだけでは終わらなかった。


別れ際、グランガルドが私の前に歩み寄る。


「秘書よ。貴様の目には“血”がある。言葉を飾らず、誇りを折らず、だが道理を通す――貴様にもう一度会いたい」


その言葉に、私は言葉を返せず、ただ静かに頭を下げた。


魔王城への帰路、私は風に吹かれながら思う。


――この世界は、交渉の余地がある。異なる存在同士でも、信頼を築ける可能性がある。


それが、秘書として初めての“外交”の手応えだった。

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