25話 秘書と使節団の裏交渉
魔王アークの布告が世界に波紋を広げたその翌日――。
私は、魔王城地下の応接室にいた。重厚な扉の向こうで待つのは、人間領最大の貴族国家「レイヴェン公国」の使節団だ。
彼らは表向きには“祝意”を表していたが、その真意は明らかに探り合い。
特に、レイヴェンの代表である外交官ギルベルトは、一筋縄ではいかない曲者だった。
「秘書殿。昨夜の布告、感動しましたよ。実に……理想主義的で、綺麗事が並んでいましたな」
彼の笑みは冷たい。手元の紅茶を揺らす仕草すら、私を試しているようだった。
「ありがとうございます。しかし、理想は実行によってのみ価値を持ちます。アーク陛下はそれを形にしている最中です」
私は動じず返した。
外交とは、言葉の剣を交わす戦場。しかもこの場には、情報官のフィンが隣席で空気の流れを読み取り、細やかにメモを取っている。
ギルベルトはしばし黙し、そしてテーブルに一枚の文書を滑らせた。
「では、こちらを見ていただけますか。これは、我が国が貴国に求める“信頼構築の条件”です」
私は文書を手に取り、目を通す。
内容は――魔王軍の軍備拡大の凍結、異種族国家との不可侵条約、そして人間領への定期監査の受け入れ。言葉を飾ってはいるが、実質的には“監視と制限”だ。
「……こちらの提案は、あくまで信頼を築くための出発点と解釈しても?」
「もちろん。互いの誤解を防ぐためにも、明確な制約と情報開示が不可欠だと、我々は考えます」
私は静かに笑った。
この“裏交渉”こそが、真の外交の始まりだ。ここで譲れば、魔王軍は二等国家として扱われ、未来への主導権を失う。
「ギルベルト殿。魔王軍は確かに力を持っています。しかし、それは他国に干渉するためのものではなく、自衛と内政のため。必要以上の制約は、逆に不信を生みます」
私は一呼吸おいてから、テーブルに一枚の提案書を置いた。
「代わりに、定期的な使節団の派遣と経済協定の開示、そして文化交流による相互理解を提案します。監視ではなく、“信頼”に基づく協調を」
ギルベルトの眉がわずかに動いた。
「……これは……あなたが?」
「はい。アーク陛下の意志を受け、秘書である私が草案をまとめました。私たちは、対等な関係を築くためにここにいます。貴国がそう望むのであれば、共に歩む未来を提案します」
沈黙――。
ギルベルトはやがてふっと息を吐き、文書をたたんだ。
「……いやはや、あなたのような秘書がいれば、確かに魔王軍は変わるかもしれませんね。では、この提案、国に持ち帰って検討しましょう」
その場で即答はなかったが、私は確かな手応えを感じていた。
会談が終わった後、部屋を出た私は、廊下で待っていたアークに一礼した。
「報告します。第一段階の交渉は、成功と言えると思います」
「……よくやったな、秘書。お前がいたからこそだ」
その言葉に、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。
だが、まだ序章にすぎない。世界会議、異種族の利権、そして――誰かが仕掛けた“謎の陰謀”。
これから先、さらなる外交の嵐が待っている。
それでも私は、魔王の秘書として、剣ではなく言葉でこの世界を変える道を選ぶ。
22話→24話→30話→23話とupしてしまい大変失礼いたしました。
今後、気を付けてアップして行きますので暖かく見守ってください。




