24話 魔王アークの“新たな布告”
魔王城・執務室。いつもより静まり返った空気のなか、私は机上に並んだ報告書の束に目を通していた。隣席には参謀のラザル将軍、対外折衝担当のミリス、そして最近新たに着任した情報官のフィン。どこか、全員が緊張しているのは理由がある。
魔王アークが、“あの布告”を準備しているのだ。
数日前、他国からの使者が来訪し、魔王軍の内政改革に対して「侵略の前触れではないか」という懸念が伝えられた。それは、我々が信頼を築こうと努力してきた国家からの冷ややかな疑念でもあった。
「このままでは、誤解が誤解を呼ぶ。やるべき時が来たな」
アークはそう言い、長らく温めていた方針を、正式に発表することを決意したのだった。
――その名も、「対等なる国際協調宣言」。
魔王城の中央広場には、各地から招かれた使節団と幹部、そして民衆の代表が集まっていた。アークは、深紅のマントを翻しながら高台に立つ。そして、私に目を向けて静かに頷いた。
「では、頼んだぞ、秘書」
私は大きく頷き、彼の横に立って演説文を開いた。
「本日、魔王アーク陛下より、王国全土に向けて――そして世界に向けて、重大な布告がございます」
ざわめく場内。視線が一斉に魔王に注がれる。
アークは一歩前へ進み、そのまま口を開いた。
「我が名はアーク。かつて、恐れと混乱の象徴とされた“魔王”の名を継ぐ者だ。しかし――」
彼は一呼吸置いた。
「私は、かつてのように力で世界を支配するつもりはない。むしろ、力ある者だからこそ、対話と共存を選ぶべきだと考える」
どよめきが広がった。特に、異種族国家や人間側の使者たちは、明らかに驚きの表情を浮かべている。
「我々は、誤解されてきた。内政改革も、経済発展も、兵の鍛錬も――それは誰かを侵すためではない。民を守り、未来を築くためのものだ。だからこそ、ここに宣言する」
アークは、私から巻物を受け取ると、高らかに読み上げた。
『魔王アークは、今後いかなる国にも先制攻撃を仕掛けない。必要なのは、剣ではなく言葉。支配ではなく、理解と協調。そして、世界に共通する“繁栄と平和”の未来である――』
言葉は力を持って広がっていく。
その場にいた者たちは、異口同音に驚き、そして次第に敬意の眼差しに変わっていった。
私は、演説が終わった後の沈黙の中で、強く感じていた。
――これは、単なる布告ではない。アークという魔王が、「新たなリーダー」へと変わる第一歩だと。
その夜、執務室に戻った私は、机に向かって小さく笑った。
「……少しずつだけど、世界は変わってきている」
そして私は知っていた。これが“嵐の前の静けさ”に過ぎないことも――。
国際的な波紋は、これからさらに大きな波へと変わっていく。




