表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
230/235

230話 赤光の余韻、家族の眼差し

南方の森。

赤い光が消え去ったあとには、しんとした夜の静寂が広がっていた。

木々の枝にはまだ煤が残り、焦げた匂いが漂っている。


「……やっと、終わったのかな」

アリアが肩で息をしながらつぶやいた。髪の先が炎に焦げ、頬には煤の跡が残っている。


「いや、まだ“終わり”じゃない」

ルシアは剣を収めながらも周囲に目を配った。

「これは試験にすぎない。……けど、今日のお前の炎は、確かに変わってた」


「兄さん……」

アリアは目を瞬かせ、照れたように笑う。

「壊すだけじゃなくて、守るために燃やしたの、分かった?」


「ああ。前のままなら俺も止める必要があったかもしれない。でも――」

ルシアは真っ直ぐ妹を見つめる。

「今のお前なら、一緒に戦える。俺はそう思った」


その言葉にアリアの胸は熱くなった。

汗と涙が混じり、視界がにじむ。


「……ありがとう、兄さん。私、ちゃんと前に進めてるかな」

「進んでるさ。お前が炎を制御できるようになった。それは父さんや母さんに胸を張って言えることだ」


アリアは大きく息を吐き、夜空を仰いだ。

「うん。……帰ったら、絶対に報告する」



一方その頃。

王都の執務室。


アークは机に広げた地図を見つめていた。

報告役の兵が駆け込む。

「アーク様! 王都西門での騒動、アレイド殿下が制圧されました!」

「無事か」

「はい。敵を数名捕らえ、荷馬車に積まれていた火薬樽も押収しました」


報告を聞いたアークは静かに頷いた。

「そうか……。アレイドらしいな」

彼の表情は厳しさを崩さないが、その瞳の奥には小さな誇りが宿っていた。


そこへミカが入ってきた。

「アーク、顔が少し和らいでいるわね」

「……そう見えるか」

「ええ。あなたのことだから、本当は嬉しいんでしょう?」


アークはしばし沈黙し、やがて小さく息を吐いた。

「子どもたちが、自分の役割を果たし始めている。それを嬉しいと感じるのは……当然のことだ」


「でも同時に、心配もしているのでしょう?」

ミカの言葉に、アークは視線を落とした。

「そうだな。彼らが歩む道は、我々以上に険しいものになるだろう」


「それでも……選ばなければならないのね。自分たちの“焔”を」

「――ああ」


二人の間に沈黙が落ちる。

しかしその沈黙は不安ではなく、深い理解と覚悟に満ちたものだった。



再び森。

ルシアとアリアは森の小道を歩いていた。

月明かりが木々の隙間から差し込み、彼らの影を長く伸ばしている。


「兄さん……さっきの戦い、ちょっと怖かった」

「そうか?」

「うん。でもね、怖いのに動けた。昔の私ならきっと、怖さで暴走して……全部焼き尽くしてたと思う」


ルシアは少し微笑む。

「なら、やっぱり成長してる。……父さんが言ってた。“本当の強さは、恐怖を知ってもなお歩くことだ”って」


アリアはその言葉を反芻するように繰り返した。

「……恐怖を知っても、歩くこと」


彼女の瞳に、新しい光が宿り始めていた。




森を抜け、王都への帰路に着いたルシアとアリア。

街灯の火が見え始めたころ、後方から軽快な足音が近づいてきた。


「やっぱりこっちにいたか」

現れたのはアレイドだった。鎧に煤を付け、額にわずかな汗を残している。

「二人とも、無事でよかった」


「アレイド兄さん!」

アリアの顔がぱっと明るくなる。

「聞いたよ、西門の件。あれも兄さんが……」


「大げさに言うなよ。ちょっとした頭脳戦だ」

アレイドは肩をすくめたが、どこか誇らしげでもあった。

「でも、お前の炎も派手に目立ってたみたいだな。王都の空が一瞬だけ赤く染まったって、兵が騒いでたぞ」


アリアは顔を真っ赤にして両手を振る。

「ち、違うの! 暴走したんじゃなくて、ちゃんと制御して……!」


その慌てぶりに、ルシアとアレイドは同時に笑った。

「分かってるさ。……だから俺も安心した」

アレイドの声はいつになく柔らかかった。


「俺たち、少しずつだけど“変わってる”よな」

ルシアが呟いた。

「昔は三人で集まれば必ず喧嘩になってたのに、今は――」


「今は、お互いを見て笑える」

アリアが小さく言葉を継ぐ。


三人の影が月明かりに並び、少しずつ王都の城壁へと近づいていった。



その夜。王宮のバルコニー。

遠くの街の明かりを眺めながら、アークとミカは並んで立っていた。


「……あの子たち、今日は大きな一歩を踏み出したわね」

ミカが静かに言う。

「アリアの炎は、もう恐れるべきものじゃない。ルシアは仲間を導く力を見せ、アレイドは誰よりも冷静に場を収めた」


アークは腕を組み、夜空を見上げた。

「俺たちが若い頃には、あの年齢でそこまで出来はしなかった。……そう考えると、誇らしい反面、妙に心細くもある」


「親としての役目が終わりに近づいているから?」

「そうかもしれん。俺たちはもう導き手ではなくなる。だが――」


アークはミカの方に視線を移し、口調を少し緩めた。

「必要なら背中を押す。そういう存在でありたい」


ミカはふっと微笑んだ。

「あなたもやっと“父親の顔”をするようになったわね」


アークは小さく鼻を鳴らし、言葉を返さなかった。

だがその沈黙は否定ではなく、確かな肯定を含んでいた。



同じ夜。

三兄妹は城の中庭に腰を下ろし、それぞれの杯に葡萄水を注ぎ合っていた。


「なんか……今日のこと、夢みたいだな」

アリアが夜空を見上げながら言う。

「炎を出すたびに、誰かが傷つくんじゃないかってずっと怖かったのに。今は――違う」


「違うって?」ルシアが促す。

「怖いのは同じ。でも、その怖さごと受け止めて、燃やせた。……兄さんたちが一緒にいてくれたから、そう思えたんだ」


その言葉に、アレイドは目を細める。

「へえ。やっと素直になったじゃないか」


「う、うるさい!」

アリアは頬を膨らませたが、すぐに笑顔に戻る。

「でもね、本当にありがとう」


ルシアはゆっくりと杯を掲げた。

「俺たち三人、それぞれ違うけど――同じ焔を継いでる。今日、そのことを改めて感じた」


アレイドも杯を合わせる。

「継ぐべきものは一つじゃない。……けど、俺たちの血に流れてるものは確かだ」


アリアも杯を掲げ、三つの音が夜に重なった。

その響きは小さいが、確かな誓いの始まりを告げていた。



バルコニーの上から、その姿を見ていたアークとミカ。

「見て、アーク。三人とも笑っているわ」

「……ああ。あれが、俺たちが守ってきた未来だ」


ミカは寄り添いながら小さく呟いた。

「継承の時は近いわね」

「――ああ。どの焔が未来を照らすかは、もう俺たちが決めることじゃない」


二人の瞳に映るのは、笑い合う三つの影。

その姿はまるで、まだ小さかった日々の残像のようでもあり、これから訪れる大いなる未来の予兆のようでもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ