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224話 兄妹それぞれの夜明け

夜が明け、東の空が薄紅に染まりはじめた。

王宮の庭には、秋の朝特有の澄んだ冷気が漂い、朝露を含んだ草が一面に輝いている。

小鳥の鳴き声と、城下町から届くパンを焼く香ばしい匂い――その全てが、新しい一日の始まりを告げていた。


最初に起きてきたのはルシアだった。

白いシャツの袖を軽くまくり、髪を後ろで束ねると、そのまま窓辺に立つ。まだ眠りから覚めきらない瞳で庭を見下ろし、ゆっくり深呼吸をした。

「……今日からだな」

自分に言い聞かせるように呟く。

政務訓練に加えて、王都郊外での統治実地――父アークの補佐役として任地に赴く初日だ。

緊張はある。けれど、それ以上に胸を満たすのは、不思議な期待感だった。


背後から控えめなノックが響いた。

「兄上、もう起きてます?」

アレイドの声だ。

「入れ」

扉が開くと、軽装のジャケット姿のアレイドが顔を覗かせた。

「やっぱりもう起きてると思ったよ。……その顔、もう戦場に行く兵士みたいだな」

「これから行くのは戦場じゃなくて民の暮らす町だ」

「でも、戦略も判断も必要だろ? そういう意味じゃ似たようなもんさ」

軽口を叩きながらも、アレイドの瞳はどこか真剣だった。


「お前は?」ルシアが問う。

「今日から戦術本部の予備班。最初は資料整理や状況分析だけど……まあ、現場に出る日も近いだろうな」

その口調には自信と同時に、少しの不安が滲む。

「お互い、学ぶことは山ほどあるな」

「そうだな」

二人は短く笑い合い、朝の空気の中に言葉を溶かした。


やがて、別の方向から駆け足で近づく足音。

「おはようっ!」

勢いよくアリアが顔を出した。寝癖を手ぐしで整えながらも、すでに腰には訓練用の短剣と魔術刻印のついた小さな護符が下げられている。

「今日から治安演習部隊だって? 張り切ってるな」アレイドが笑う。

「当然! 今度は暴走しないから安心して見てていいよ」

アリアは胸を張って言うが、その目は少し照れくさそうだ。

「……それ、兄さんやアリアが言うより説得力あるのかな」アレイドがからかう。

「うるさい!」とアリアは頬を膨らませるが、すぐに笑顔に戻る。


こうして三人は、揃って朝食の間へ向かった。

廊下を歩きながら、窓の外の街並みがそれぞれの視界に映る。

ルシアは「守るべき人々の暮らし」を、アレイドは「まだ見ぬ戦局の変化」を、アリアは「試される自分の力」を――それぞれ心に描いていた。


朝食の席にはすでにミカがいて、温かいパンとスープを用意していた。

「おはよう。……今日からは、もう“いつもの朝”じゃなくなるわね」

その言葉に三人は顔を見合わせる。

ルシアが穏やかに微笑む。「けれど、帰る場所は変わらない」

アレイドはパンをちぎりながら「旅立ちってやつだな」と口にし、アリアはスープを飲み干してから「だったら、思いっきり行ってくる!」と宣言する。


ミカはそんな子どもたちを見渡し、目を細めた。

「……それぞれの朝を、大切にね」

短い言葉だが、そこには深い祈りと信頼が込められていた。


食事を終えた三人は、それぞれの部屋へ戻り、出発の支度に取りかかった。

ルシアは薄灰色のマントを肩に掛け、腰には細身の剣を佩く。鏡に映る自分の姿を一度見て、背筋を伸ばした。

「……父さんみたいな顔になってるかな」

小さくつぶやき、口元に微笑を浮かべると、手早く荷をまとめて扉を開けた。


廊下の先で、アレイドが腕を組んで待っていた。

「やっと来たか。俺、こう見えて準備早いんだぜ」

「知ってる。けど、兄としては妹を先に送り出してやるべきじゃないか?」

わざと真面目に言うルシアに、アレイドは苦笑しながら肩をすくめた。

「いやいや、俺は妹より先に行って、道が安全かどうか確かめるタイプだから」

「……口だけは達者だな」

二人がそんな軽口を交わしていると、遠くから慌ただしい足音が響く。


「お待たせっ!」

アリアが駆けてくる。赤い外套が朝日にきらめき、その瞳には期待と闘志が混ざった光が宿っていた。

「おいおい、走るなよ。出発前に転んだら格好つかないだろ」アレイドが苦笑混じりに言う。

「だいじょーぶだって! 私、今日は絶好調だから!」

「……その絶好調が暴走に変わらなきゃいいけどな」

アレイドのぼやきに、アリアは舌を出して笑った。


三人は正門前に並び立った。

門の外には、それぞれの任地へ向かう馬車や兵士たちが待機している。

ルシアの前には政務官の一団、アレイドには戦術本部の若い将校たち、そしてアリアには治安部隊の仲間たちがいた。


しばしの沈黙。

アリアがふいに言った。

「……なんか、胸が変な感じ。わくわくとドキドキがごちゃ混ぜ」

「普通だよ」アレイドが軽く笑う。「大事なのは、その混ざった感じを持ったまま進むことだ」

「兄さんは?」アリアがルシアを見上げる。

「俺か? ……まあ、ちょっとは緊張してる。でも、面白そうって気持ちのほうが勝ってるな」

ルシアは空を見上げた。高く澄んだ秋空が、どこまでも広がっている。


ルシアは一歩前に出て、二人を見渡した。

「どこにいても、俺たちは兄妹だ。困ったら……帰ってくればいい」

それは兄としての穏やかな、しかし力強い言葉だった。

「うん!」アリアが即座に返事をする。

「そうだな」アレイドも短く頷いた。


三人は互いに視線を交わし、ほんのわずかな笑みを共有した。

そして――それぞれの足で、それぞれの道へと踏み出す。

背後に広がる王宮の白壁が朝日に染まり、まるで新しい時代を祝福するように輝いていた。

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