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223話 ミカとアーク、親としての対話

夜更けの王宮は、昼間の賑わいをまるで嘘のように静めていた。

廊下を照らす灯火は柔らかく揺れ、長い影を床に落とす。その奥――王家の私室に続く小さな応接間には、紅茶の香りがふんわりと満ちていた。


窓辺に立つアークは、背を向けたまま外の庭を見ている。月明かりに照らされた横顔は、相変わらず感情を大きく表には出さないが、その眼差しはどこか遠くを見ていた。

ソファに腰掛けるミカは、湯気の立つカップを両手で包み込み、静かに口を開く。


「……今日は、みんなの顔が少し違っていたわね」


アークは振り返らずに、低い声で応じる。


「違っていた、か。――ああ、そうだな。

目つきが変わった。どれも、子どもというより……“これからの顔”になってきた」


ミカは小さく笑った。

「それは……嬉しくもあり、寂しくもあるわね」


「お前はそういう時、必ず“寂しい”を先に言う」

アークが少しだけ口元を緩めた。


「だって、本当にそう思うんですもの」

ミカは視線を落とし、紅茶をひと口啜る。

「この六か月で、三人とも大きくなった。

ルシアは……あの子らしい優しさに、ようやく自信が宿ってきたわ。人の前に立つことをためらわなくなった」


「ああ。あいつは……俺が何も言わなくても、人を動かせる。指示ではなく、信頼でな」

アークの声は珍しく柔らかかった。


「アレイドは相変わらず器用ね。そつなくこなすだけじゃなく、先を読んで動けるようになった。

あの子の“軽さ”は、時に誰かの心を救うのよ」


「それも分かっててやってる。……あいつ、意外と計算高い」

アークは小さく鼻で笑った。

「ただ、そこに温かさがある。あれは俺にも真似できない」


しばし沈黙が落ちる。

ミカはアークの横顔を見つめ、少し声を落として言った。


「そして……アリア。あの子は、一番危うかった」


「危うかった、じゃなくて……危ういままだ」

アークは振り返り、真剣な眼差しで言葉を続ける。

「炎は制御できるようになった。だが、あの力は――状況次第でまた牙を剥く。本人がどう在りたいか、それを決めるまではな」


「ええ、そうね」

ミカはゆっくり頷く。

「でも、今日のあの子を見て……“守るために燃やす”という気持ちが、確かに芽生えていると感じたの。

あれは、あの子が自分で掴んだ答えだと思う」


アークは何も言わなかった。けれど、わずかに目を細めたその表情は、同意を示していた。


「……私たちは、もう導き手ではないわ」

ミカの声は穏やかだが、胸の奥に響く力があった。

「けれど……背を預けられる存在でありたい。三人が振り返った時、そこにいてくれると信じられる背中でありたいの」


アークはゆっくりと歩み寄り、ミカの前に立つ。

「そして必要なら……背中を押してやるだけだ」


「……そうね」

二人の視線が、静かに絡み合う。


窓の外、月明かりに照らされた庭では、風が秋の匂いを運んでいた。

変わりゆく季節とともに、子どもたちの時間もまた前へと進んでいく――。


会話が一段落すると、二人は自然と廊下へ足を向けた。

夜の王宮は、昼の華やぎが嘘のようにしんと静まり返っている。遠くで警備兵の足音が規則正しく響くほかは、ただ秋の夜風が窓を揺らす音だけが伴奏だった。


まずはルシアの部屋の前で立ち止まる。

扉の隙間から漏れる灯りの中、机に向かい書類を広げている姿があった。眉を寄せ、細やかな字で何かを書き込んでいる。

その手元には、父譲りの几帳面さと母譲りの温かさが同居していた。


ミカは小さく微笑む。「……あの子は、もう立派に一人で立っているわ」

アークは頷く。「ああ。ただし、人前では背筋を張っても、夜くらいは肩の力を抜けるようにしてやらんとな」

扉は開けず、ただその姿を目に焼き付けてから二人は静かにその場を離れた。


次にアレイドの部屋。

扉越しに、何やら小さな笑い声が漏れてくる。覗けば、机の上に広げられた地図と駒、そして真新しい戦術書。だがその横には、姉弟への小さな土産袋が三つ。

彼は地図を眺めながら駒を動かし、ひとりごとのように作戦を呟いては小さく笑っていた。


アークがぽつりとつぶやく。「……あいつは、何をやらせてもそれなりに形にする。だが、誰かのために動くとき、本当の力を出す」

ミカは柔らかく息をつく。「だからこそ、支える人が必要なのね」

互いに目を合わせ、ほんの一瞬だけ笑みを交わすと、また足を進める。


最後はアリアの部屋。

扉の下からは、炎のような橙色の光がわずかに漏れている。そっと覗けば、ベッドの端に腰かけ、小さな炎を手のひらに浮かべていた。

その炎は、以前のような荒々しさはなく、安定した光を放っている。アリアはその炎を見つめながら、何かを小さく呟いた――「守るために、燃えるんだ」

その声は、両親の耳には届かないほどかすかだったが、不思議と意味だけは伝わってきた。


ミカはそっと胸に手を当て、アークを見上げる。

「……あの子、もう泣かないわ」

アークは短く「そうだな」とだけ言った。その声には、確かな誇りが滲んでいた。


こうして三人の部屋を巡り終えた二人は、再び静かな廊下を歩く。

背中越しに感じるのは、確かに子どもたちの成長と、それぞれが選び取る未来の気配。

そして――親としての自分たちの役目が、ゆっくりと次の形へと変わっていくことを、互いに言葉を交わさずとも理解していた。


廊下の端に差しかかったとき、ミカがふと立ち止まる。

「アーク……ありがとう」

アークは片眉を上げる。「何の礼だ」

「……こうして、三人を一緒に見守ってくれること」

アークは短く鼻を鳴らし、「礼を言うのはまだ早い」とだけ言って歩き出す。


その背を見送りながら、ミカは微笑む。

――まだ、背中を押す時ではない。けれど、その瞬間は、そう遠くないのかもしれない。


月明かりに照らされた二人の影は、廊下の先へと並んで伸びていった。

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