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218話 ミカとアーク、親としての対話

 夜の帳が深く王宮を包み込む中、書斎の灯りだけが静かに揺れていた。

窓の外では、秋の涼やかな風がかすかに葉を揺らし、遠くに聞こえる夜の虫の声が二人の会話に寄り添う。


ミカは大きな書棚の前で、一冊の古びた書を閉じてから静かに深呼吸をした。

隣の机では、アークが無言で書類の山を見つめている。


やがてミカは小さな声で口を開く。

「アーク……もうすぐ、私たちの“役目”もひと区切りかしら」


アークは目を細め、ゆっくりと顔をこちらに向けた。

「そうだな。長い間、俺たちは子どもたちの道標だった。だが、彼らはもう、自分の足で歩き始めている」


ミカは窓の外に視線を移す。

「ルシアは王としての重責に向き合い始めている。アレイドは、あの独特の知性で新しい世界に挑む準備をしている。アリアは……その焔を胸に抱いて、誰かを守る強さを育んでいる」


アークが静かに頷く。

「三人三様の道だ。俺たちが一歩下がって見守る時が来たんだろう」


ミカはふと微笑んだ。

「けれど……導き手ではなくなったとしても、私たちは彼らの背中を預かる存在でいたいわ」


アークも微笑み返す。

「そうだな。そして、もし彼らが迷った時には、そっと背中を押してやるだけでいい」


二人の間に、一瞬の静寂が流れた。


ミカが少しだけ声を潜めて言った。

「子どもたちの成長を見守ること。それが親としての最後の仕事かもしれないわね」


アークは深く息を吐いた。

「俺たちは強くあらねばならなかった。だが、同時に柔らかくもあるべきだ」


ミカはその言葉にうなずきながら、遠い過去を思い返すように続けた。

「子どもたちが幼かった頃のことを思い出すわ。アリアが初めて庭で焔を操った時、恐れと驚きでいっぱいだった」


アークは少し笑いを含んだ声で応えた。

「その頃から、彼女は特別な存在だった。だけど、まだ何も知らなかった。炎の力だけでなく、それをどう使うかを」


ミカは続ける。

「それを教えるのは私たちの役目だった。でも、教えすぎず、彼女自身が見つけるのを待つことも必要だった」


アークは重々しくうなずいた。

「俺たちは導きながらも、自由を与えなければならなかった。いつかは、彼ら自身が道を選び歩むためにな」


ミカはため息をつく。

「時には不安になる。彼らの決断が間違いでないかと」


アークは穏やかな声で言った。

「間違いはあるだろう。だが、それも経験だ。親としてできることは、倒れた時に支え、立ち上がらせることだ」


ミカは窓の外の星空を見上げながらつぶやいた。

「星の数ほどの未来が、彼らの前に広がっているのね」


アークは手を伸ばし、そっとミカの手を包んだ。

「どんな未来であっても、俺たちは彼らを信じている。それが、親としての最後の約束だ」


窓から差し込む月明かりが、机の上の羊皮紙をやわらかく照らしている。

二人の影は長く、静かな部屋に溶け込むように伸びていた。


ミカは椅子に腰掛け、膝の上に両手を重ねながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「私は、あの子たちの母として……ずっと“守る”ことに重きを置いてきたの。

けれど、気づけば守るだけでは足りない。

“送り出す”強さも、母には必要なのね」


アークはその言葉に短く頷いた。

「俺は……どちらかと言えば“鍛える”ことをしてきた。強くなれ、負けるな、折れるな、と。

だが、本当はそれも片側だけだったんだろうな」


ミカは小さく笑みを浮かべた。

「あなたも私も、半分ずつだったのかもしれないわね」


アークも口元を緩める。

「だからこそ、あの子たちはバランスを取れた。お前が優しさを、俺が厳しさを与えた。

それが混ざり合って、今の三人がいる」


しばし沈黙。

遠くで風が庭の梢を揺らす音が聞こえた。

その音に耳を澄ませながら、ミカは少し声を落として言った。


「……ルシアはね、先日こっそり相談に来たの。

“兄として、王位継承者として、本当に自分がやれるのか”って」


アークの眉がわずかに動く。

「そうか」


「私は答えなかった。ただ、“信じている”とだけ伝えたわ」


アークは深くうなずいた。

「正解だ。答えを与えても、本人の迷いは消えない。信じることで、自分で答えを見つける」


ミカは視線を落とし、手元のティーカップを軽く回した。

「アレイドは逆に、自分の進む道を迷いなく語ったわ。

あの子はあの子で、怖いくらいの覚悟を持っている」


「だからこそ危うい。だが、それも含めて見守るしかない」


そして二人の話題は、自然と末娘へと移った。

ミカの表情が少し柔らぐ。

「アリアは……少しずつ変わってきた。炎を制御し、仲間を守るようになった。

でも……あの子の心の奥には、まだ時折、揺らぐ焔が見えるの」


アークは目を細める。

「あの子は炎そのものだ。強く、美しく、時に荒ぶる。

だが、焔はやがて灯火になる。本人がそう選ぶならな」


ミカはアークの顔を見つめ、真剣な声で言った。

「あなたは、あの子をどう見ているの?」


アークは少しの間考え込み、静かに答える。

「……誇らしい。だが、危うい。

だからこそ、見捨てない。背を押す時も、引き留める時も、俺は迷わない」


ミカはふっと息を漏らすように笑った。

「やっぱり、あなたは変わらないわね」


アークはその笑みを受け止め、少しだけ肩の力を抜く。

「お前もな」


二人の視線が、同じ方向――窓の向こうの夜空へと向かう。

月が澄んだ光を放ち、星が瞬いていた。


ミカは静かに告げる。

「私たちはもう、導き手ではない。けれど……背を預けられる存在でありたいわ」


アークは小さく頷き、短く言葉を返す。

「そして必要なら……背中を押してやるだけだ」


その瞬間、二人の間には言葉以上の確かなものがあった。

それは十数年、共に子どもたちを育ててきた者同士だけが共有できる、静かで温かな絆だった。


外の風が少し強く吹き、窓辺のカーテンが揺れた。

秋の夜は、もうすぐ冬へと向かっていく――。

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