214話 父との誓い、母への報告
──夜風が涼しく頬を撫でる中、アリアは城門の前で足を止めた。
一日の疲れが全身にまとわりついていたが、不思議と心は軽かった。以前の自分なら、今日の模擬戦のような状況では、きっと力任せに突っ込んで失敗していた。でも、違った。
(……私は、少しだけ変われた)
その小さな実感が、胸の奥に小さな灯火を灯していた。
城内に入ると、控えの間にはすでにアークとミカが待っていた。アークはいつものように無言で腕を組み、ミカは微笑みながら紅茶を淹れていた。
「ただいま戻りました」
アリアが頭を下げると、アークは軽く頷いた。それだけで、アリアの背筋が自然と伸びる。
「報告を」
「はい。本日、学園での模擬戦演習にて、第六班副指揮官として部隊行動を担当しました。小規模な障害発生時の対応および、支援魔法による戦線維持に成功。最終評価、教官より『優』。……以上です」
アークは目を細め、しばし無言のままアリアを見つめていた。
「……よくやった」
それだけの言葉だったが、アリアの胸には強く響いた。
短く、しかし重みのある承認。それはアークなりの、最大の賛辞だった。
「……ふふっ」
思わず、アリアの唇に笑みが浮かぶ。その表情を見て、ミカがそっとアリアの手を取り、静かに抱き寄せた。
「あなたは、あなたのままでいいの。私たちは、あなたが今日も自分の足で立ち、自分の意思で歩いたことを、心から誇りに思うわ」
その柔らかな声に、アリアの瞳がにじむ。だが、今度は涙をこぼさなかった。
「……私、もう泣かない」
ミカの胸に顔を預けながら、小さな声でそう言った。
「だって、私の炎は――誰かを守るために燃えるから」
その瞬間、部屋の空気がひときわ澄んだ気がした。ミカはアリアの背を優しく撫で、アークは目を閉じて深く息を吐いた。
やがて、控えの間にもう一人、アレイドが姿を見せた。書類を手にしていたが、アリアの姿を見るなり、それを机に置いて歩み寄ってくる。
「おかえり、アリア。演習の報告、見せてもらったよ。……君らしい、良い戦い方だった」
「ありがとう、アレイド」
その後ろから、兄・ルシアもゆっくりと現れた。いつもの気怠げな雰囲気はそのままだが、視線はまっすぐアリアに向いていた。
「ようやく炎に振り回されるの、やめたか」
「……うん。今はね、自分の炎と、ちゃんと話せるようになった気がする」
「そっか。……じゃあ、次はそれを“翼”として使ってみろ」
「え?」
「誰かと飛ぶってのは、一人で燃えるのとは違うんだよ。ま、俺も昔、父様に言われたからな」
ルシアの言葉に、アリアは少し戸惑ったが、すぐに笑った。
「うん、やってみる」
穏やかな空気の中、家族のぬくもりに包まれながら、アリアはようやく深く息を吐いた。
(私は、きっと、まだまだ未熟だ。でも……この手に灯った焔は、私だけのもの)
アリアはふと、窓の外を見上げた。夜空には月が浮かび、静かに光を放っていた。
それはどこか、彼女自身の小さな灯火に似ていた。力強くはなくても、確かに周囲を照らす光。
「私の炎は、もう誰かを傷つけるためじゃない。誰かの明日を……未来を、照らすためにある」
その誓いを胸に、アリアは家族の中で、静かに微笑んだ。
そしてその夜、彼女の炎は、かつてないほどに静かで、あたたかく、揺れていた。




