212話 炎と涙の再試練
再び、風が学園を包む。
午前の講義が終わった昼休み、アリアは訓練場の掲示板に張り出された紙をじっと見つめていた。
『戦術連携演習・第2班:アリア・エストレーラ、ユリア・ノルディン、シェル・クロヴァー、ティノ・グレイス 他』
「……やっぱり来たか、再演習」
その声に、すぐ背後から別の声が重なる。
「やっとお出ましか、ちびっ子大将」
アリアは顔をしかめながら振り向いた。そこに立っていたのは、淡い銀髪を揺らしながら気怠げに笑うユリアだった。
「またあなた?」
「また、って何だよ。こっちが言いたいくらいだ」
「はあ? 前回の模擬戦で勝ったのは……」
「お前も学んだろ?」
短い言葉の応酬だったが、以前のような刺々しさはない。周囲の生徒たちが冷やかし半分に目を向ける中で、アリアはため息をついた。
「……いいわ。今回は、ちゃんと“連携”してみせる」
「へぇ、ついに“爆裂姫”も丸くなったか」
「誰が爆裂姫よ!!」
笑いながら去っていくユリアの背に、アリアは思わず口元を緩める。
──変わりたい。そう思ったのは、父との夜の稽古からだ。
自分の力を受け入れ、壊すのではなく“照らす”ために使う。そんな決意を、今こそ試す時だ。
―――――
演習当日。
広大な模擬戦場は、森林ゾーンから渓谷地帯へと続いており、様々な地形での連携と判断が求められる。
「今回の目標は、峡谷中央にある“制御塔”の制圧と防衛。魔力信号で位置は可視化されるが、塔の内部には小型の魔導障壁が張られている。迂闊な攻撃は禁物だ」
教官の説明を背に受けながら、アリアは班のメンバーたちの顔を見渡した。
ティノは緊張でこわばり、シェルは不安げに指をもじもじさせている。
「……大丈夫、みんな。私、ちゃんと制御するから」
その言葉に、シェルが小さく頷いた。
「うん……アリアちゃん、なんだか前より柔らかくなった気がする」
「うるさいわよ、あんたたちもちゃんと動きなさい!」
言いながらも、声はどこか優しい。
そして、訓練用魔石の起動音とともに、模擬戦が始まった。
―――――
初動は順調だった。アリアは前方支援として前線に立ち、ユリアが後衛から冷静に敵の位置を示す。シェルとティノはサイドを守り、敵の挟撃を防いだ。
しかし、事件は峡谷の狭い橋の上で起きた。
突然の強風。バランスを崩したティノが、橋の外側に足を滑らせたのだ。
「きゃああっ!」
「ティノッ!」
反射的にアリアが跳ぶ。炎の翼を一瞬だけ膨らませ、風圧に逆らってティノの手をつかむ。
「しっかり……! 離さないで……!」
自分の炎が暴走しないよう、息をゆっくり整える。熱を最小限に抑え、支えるための力に変える。
やがてユリアが駆けつけ、二人がかりでティノを引き上げる。
「はぁ……助かった……」
「今度は……もう、壊さない」
アリアのその言葉に、ユリアがふっと笑う。
「へぇ、やっと炎が優しくなったな」
「うるさいわよ……でも、ありがとう」
その瞬間だった。背後の茂みから現れた敵役の魔力信号――。
「伏兵!? 来るよ、左右から!」
咄嗟に背中合わせになったアリアとユリア。言葉はない。けれど、息が合った。
ユリアが小さく数を数える。
「……3、2、1」
そのタイミングでアリアの炎が爆ぜ、ユリアが突撃。二人の動きはまるで一つの舞のように滑らかで、敵は瞬く間に制圧された。
「な……に、今の……」
見ていたティノとシェルがぽかんと口を開けた。
「お、お見事です……!」
アリアは照れ隠しにそっぽを向いたが、頬はほんのり熱い。
ふと、ユリアと目が合った。
彼もまた、どこか意外そうな顔で、しかし穏やかな微笑を浮かべていた。
──ああ、これが私の“灯火”なのかもしれない。
誰かを守る。信頼する。手を伸ばせば、隣にいる誰かのために燃やせる炎。
かつて暴れ、傷つけ、孤独だった炎が、今は小さな希望として灯っている。
演習は無事終了し、帰路につくアリアの足取りは軽かった。
「母様、父様……見ててね。私は変わったのよ」
そう呟く声に、ほんの少しだけ涙が滲んでいた――温かな、光のしずくのような涙だった。




