表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
204/235

204話 『再演習と小さな救出劇』

 数日後、学園の校庭には再び魔法障壁が張られていた。

前回の模擬戦でアリアが炎を暴走させたことを受け、教師陣は安全性の強化を決定し、特別再演習を組んだのだ。


「……ふぅ」

アリアは深呼吸し、両の手を胸の前で握る。

前回の失敗が頭をよぎるたび、指先が熱くなる気がした。

(今度は……絶対に暴走しない。炎は、私の心と同じだから……)


準備を終えた教師たちの号令が響く。

「それでは、特別再演習を開始する!」


校庭の魔導人形たちが動き始める。今回は、障害物が増え、複雑なルートを選ばなければならない。

さらに、教師の指示で模擬的に「負傷者役」の生徒を配置し、救助行動の評価も課題に追加された。


「アリア、無理しないで」

同級生のカイルが心配そうに声をかける。

「うん……でも、今回はやるよ」

アリアは小さく笑い、校庭へ踏み出した。


彼女は深呼吸を繰り返しながら、魔力を掌に集める。

ぱっと炎が灯るが、以前のように荒々しくはない。

小さな焔は、心臓の鼓動に合わせて静かに脈打っている。


(落ち着いて……炎は、友達みたいに……)


アリアは最初の人形をゆっくり狙い、低めの火球で撃破する。

ドゴン、と爆ぜる音とともに、観客席から小さな拍手が上がった。

以前の暴走が嘘のように、炎は穏やかで正確だった。


「アリア、すごい……!」

「今度は落ち着いてるな」


友人たちの声が、心の奥に暖かく届く。

彼女は魔力の流れを意識しながら、次々と障害物を突破していく。


演習が中盤に差し掛かったころ、突然、後方から悲鳴が聞こえた。


「きゃあっ!!」


振り向くと、負傷者役を演じていた低学年の少女が、障害物の陰で転んでいた。

予定外に倒れたのか、足首を押さえて泣きそうな顔をしている。

近くの生徒は対応に迷って足を止めた。


「誰か――助けてあげて!」

教師の声が飛ぶ。


瞬間、アリアの足が勝手に動いた。

炎を纏ったまま走る彼女を、周囲が息を呑んで見つめる。


(大丈夫……大丈夫。私は、守れる……!)


アリアは少女の前にしゃがみ込み、優しく手を差し伸べる。

「大丈夫、怖くないよ。私が守るから」

泣きそうだった少女が小さく頷く。


次の瞬間、横合いから魔導人形が迫った。

アリアは反射的に掌をかざす。


「――っ!」


炎が迸り、だが暴走せずに人形だけを包み込んだ。

しゅうう、と音を立てて人形が黒煙を上げて倒れる。

少女の目が丸くなった。


「すごい……」

「ほら、行こう。安全な場所まで運ぶよ」


アリアは少女を背負い、ゆっくりと安全圏まで運んだ。

その間も、炎は彼女の周囲で小さく灯り続け、まるで暖炉の火のように優しく揺れていた。


少女を安全地帯まで運んだ瞬間、アリアは胸いっぱいに息を吐いた。

小さな背中に感じた鼓動は、先ほどまでの自分のそれと重なるようで、震えていた。


「……怖かったね。でも、もう大丈夫」

少女は涙をぬぐいながら、小さく頷いた。

「お姉ちゃん、あったかい……」

その言葉に、アリアははっとする。


(あったかい……私の炎が、誰かを怖がらせるんじゃなくて、守るための……)


そのとき、校庭の向こうから鋭い声が飛んだ。

「アリア! まだ演習は続いているぞ!」

教師が指さす先には、残りの魔導人形が三体。

しかも、仲間たちは救助の混乱で足を止めており、形勢は不利だ。


「……行かなくちゃ」

アリアは再び立ち上がり、少女を仲間の手に託す。

「お願いします、ここからは大丈夫だから」


少女を受け取った低学年の生徒が元気よく答える。

「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」


その声に背中を押されるように、アリアは駆け出した。


魔導人形たちが連携して進路を塞ぐ。

炎をただぶつけるだけでは突破できない――それを、前回の失敗で思い知っている。


(暴れる炎じゃなくて……導く炎にするんだ)


アリアは一度、魔力の流れを胸の奥で整える。

炎は彼女の周囲で小さく灯り、まるで意思を持つかのように揺れた。


「……お願い。みんなを守って」


次の瞬間、炎が扇状に広がり、人形の進行方向を塞ぐ。

驚いた魔導人形が一瞬足を止めた、その隙にアリアは側面に回り込む。


「いまだっ!」


背後からユリアの声が響いた。

水の魔力が流れ込み、炎とぶつかることなく霧のように広がる。

熱気と水蒸気の壁が立ち上がり、人形たちの視界を奪った。


「ナイス、ユリア!」

「……あんたが突っ走るのは読めてたわ」


二人は息を合わせ、最後の一体に狙いを定める。

アリアが炎で脚部を焼き、ユリアが水で頭部の魔力核を冷却する。

ガシャン、と音を立てて人形が倒れた。


演習場に、静かな余韻が訪れる。


「……終了!」

教師の声が響いた瞬間、校庭に拍手が広がった。


仲間たちが駆け寄る。

「アリア、すごかったよ!」

「前よりずっと落ち着いてたな」

「最後の動き、かっこよかった!」


アリアは肩で息をしながらも、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。

(……炎が、怖がられなかった。ちゃんと、役に立てたんだ)


少し離れたところで、教師が頷きながらメモを取っている。

「救助行動、演習課題ともに合格だ。特に、炎の制御が格段に向上している。よく頑張ったな、アリア」

「……はい!」


声が震えたのは、きっと疲れのせいだけじゃない。

胸に溢れる誇りと安堵が、涙に変わりそうだった。


放課後、夕陽に照らされた廊下を歩きながら、ユリアが横に並んだ。

「……今日のあんた、悪くなかったわ」

わざとぶっきらぼうに言うその声に、アリアは笑う。

「ふふっ……ありがと」

「でも、まだまだ勝負は終わってないからね」

「うん。次は、もっとちゃんと勝つよ」


炎と水。

対照的な二人は、気づけば並んで夕焼けを背に歩いていた。


(暴れるだけの火じゃない。人を守るための火……これが、私の炎)


アリアは夕空を見上げながら、小さく呟いた。

「……いつか、母様みたいになれるかな」


その焔は、かつての暴走とは違い、静かに灯りながら心の奥に宿り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ