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203話 『炎の暴走 ―小さな事件の始まり』

 その日、学園は特別演習の準備でにぎわっていた。

週末に控えた「初等部・中等部合同演習」――王族や貴族の子弟たちが参加する模擬戦である。

校庭には魔法障壁が張り巡らされ、簡易陣地や魔導人形の搬入が始まっていた。


アリアは朝から胸がざわめいていた。

窓の外で整列する生徒たちを眺めながら、手をぎゅっと握りしめる。


(今度こそ、負けない……)

(ユリアにだって、絶対に……!)


しかし、心の奥に小さく灯った炎は、気づけば燃え広がろうとしていた。

焦りと意地と悔しさが混ざり合い、まだ整理できない気持ちが彼女の魔力を微かに揺らす。


「アリア、顔が怖いぞ」

同級生の少年カイルが肩をつつく。

「えっ……あ、ごめん」

「模擬戦前からそんな顔してたら、魔導人形が泣くぜ?」

「泣かせてやるもんですか……!」


軽口を返したものの、胸の奥は波立ったままだ。

そんなアリアの様子に気づいたのか、廊下の先で待っていたユリアがすっと視線を向けてきた。

水色の髪が朝日にきらめき、氷のように澄んだ瞳がまっすぐ射抜く。


「アリア、今日はやけに熱いわね」

「……うるさい。負けないから!」

「ふふ。火は勢いだけじゃ勝てないのよ」


その余裕の笑みに、アリアの胸の炎が一気に煽られた。


模擬戦が始まった。

校庭に簡易結界が張られ、参加生徒たちはそれぞれの陣地に散る。

魔導人形がゆっくりと動き出し、試合開始の号令が響いた。


アリアは開幕から飛ばした。

炎の矢を放ち、立て続けに魔導人形を撃破する。

観客席の生徒たちからどよめきが起きる。


「アリア、すげぇ!」

「速すぎる……!」


だが、その勢いは同時に危うさを孕んでいた。

魔力の制御が荒く、炎の軌跡が風に散り、芝生を焦がしていく。


(止まらない……もっと、もっと!)

胸の奥に渦巻く感情が、炎に乗って膨れ上がる。

熱気で結界がきしむ。審判役の教師が慌てて杖を構えた、そのとき――


「アリア、下がれッ!!」


鋭い声が飛んだ。ユリアだ。

次の瞬間、アリアの炎が暴走し、魔導人形の残骸を越えて結界にぶつかった。

結界が一瞬きらめき、煙が上がる。


校庭が静まり返る。

生徒たちの息を呑む音だけが響いた。


「……あたし……」

手のひらを見下ろす。まだ微かに熱を帯びた炎が揺れていた。


「これ以上は危ないわ。冷やしなさい」

ユリアが歩み寄り、水の魔法で周囲の焦げ跡を覆う。

しゅう、と音を立てて蒸気が上がり、炎は鎮まった。


「アリア……」

教師たちが駆け寄る。叱責の言葉を覚悟したそのとき――


「もういい。彼女は、誰も傷つけなかった」

ユリアが一歩前に出て、静かに告げた。

「……でも、炎は心を映す。今日のアリアは……とても、揺れていたわ」


その言葉は、叱るよりもずっと重く胸に響いた。

アリアは俯き、唇を噛んだ。


その日の夕暮れ、アリアはひとり城の裏庭に座っていた。

小さな噴水のそばで、水面に映る自分を見つめる。


(また、暴走した……)

(悔しい、恥ずかしい、でも……心の奥で、まだ燃えてる)


そのとき、背後からそっと声がかかった。

「アリア」


振り向くと、そこには母ミカがいた。

優しい微笑みとともに、娘の隣に腰を下ろす。


「……見てたの?」

「ええ。城に報告があったから」


しばし沈黙が落ちる。噴水の水音だけが静かに響く。


「悔しい?」

「……うん」

「怖かった?」

「……ちょっとだけ」


ミカは娘の頭に手を置き、静かに語る。

「炎は強い力。でもね、燃やすだけが炎じゃないの。灯すことも、温めることもできる」

「……灯す、炎……」


「あなたの炎は、いつか誰かの未来を照らす。そのときのために、心をまっすぐにしなさい」


アリアは、そっと拳を握った。

(次は……絶対に、あの炎を……私のためじゃなく、誰かのために)


夜風が庭を抜け、噴水の水面に小さな波紋が広がる。

その揺れの奥で、アリアの炎は静かに形を変え始めていた。

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