19話 部下育成と組織マネジメント
魔王軍が“職場”になってから、早くも数ヶ月が経過した。
制度改革・ワークライフバランスの改善・やる気の向上……
数々の壁を越えてきた悠真だが、次なる壁は――
「中間管理職が育たない」問題だった。
「ユウマ様、部下が自主的に動きません。指示がないと何も……」
「我々としても、どう判断してよいのか分からず……」
「自分で考えて動いた結果、怒られた過去があるので……」
各部署から上がってきた嘆きの声。
なるほど――「怒られ文化」の名残だ。
悠真は資料を広げながら考えた。
> “部下が育たないのは、部下のせいではない”
> “考える余白と、安心して失敗できる環境を作るのが上司の仕事だ”
前世で何度も噛みしめた教訓を、いまこそ実践する時だった。
悠真は【人材育成局】を新設。
中間管理職(各隊の隊長・課長クラス)を対象にしたマネジメント研修を始めた。
内容はこうだ:
* 目標設定法(SMART)
→ 明確・測定可能・達成可能・関連性・期限あり、の5要素で目標を作る方法
* フィードバックの黄金ルール(SBI法)
→ 具体的な場面(Situation)、行動(Behavior)、影響(Impact)を明示して伝える
* リーダーの役割とは?
→ 「命令する」ではなく「支える」存在であること
研修初日、角の生えたゴツいオーク隊長がぼそっと漏らした。
「……なんだか、こういうの、恥ずかしいな」
「でも、あいつらの顔が思い浮かんだ。……変わりたい」
悠真が最も重視したのが「信頼の残高」の可視化。
「部下に失敗を任せるには、信頼が必要です」
「信頼は勝手には貯まりません。日々の言動で“貯金”されていくのです」
悠真はこうアドバイスした:
* 日々、小さな相談に乗る
* 名前を呼ぶ・挨拶する
* 成果ではなく努力を認める
* 指摘は“人格”ではなく“行動”に向ける
地味だが、確実に「信頼残高」は積み上がる。
ある日。
【物資調達部】の新任課長である、若きエルフ族の女性・リネアはこう提案した。
「ユウマ様。この任務……部下に“任せてみたい”んです」
「報告は逐一受けますが、判断も進行も部下に委ねてみたいと」
「……いいと思います。
失敗しても支えてあげられる環境を、あなたが作ったのなら」
結果――部下は、初めての大任務を見事にやり遂げた。
報告書の文末にはこう記されていた。
> 「自分を信じてくれたことが、何よりの力になりました」
リネアは微笑んだ。
「“教える”ことが育成じゃない。“信じる”ことが育成なんですね」
悠真はこの全社的マネジメント改革の報告を、魔王アーク=ヴァルツに届けた。
だがその表情は、珍しく難しそうだった。
「人を育てる……か。私は軍を率いることはできても、“人を導く”ことには疎い」
「かつての私は、力で全てを押し通していた」
「だからこそ、今のこの魔王軍が必要なのだと思います」
「“恐怖ではなく、信頼で動く組織”を――魔族でさえ目指せると証明できます」
魔王はふっと笑う。
「貴様はやはり、“秘書”ではなく“導き手”なのかもしれんな」




