184話 王子としての言葉
真夜中の控え室。
窓から差し込む月の光が、淡く銀の絨毯を照らしている。
ルシアは鏡の前で姿を整えた。礼装の襟元には、家族を象徴する紋章。
心臓が高鳴る。
だがこれは緊張とは違う――誇りと責任の鼓動だった。
数分後、笑い声や歓声が廊下の向こうから聞こえてくる。外交の一環として訪れた王国で、親善晩餐会が催されていた。
この場で、王子として「文化と未来」を結ぶ言葉を紡ぐのがルシアの役割だった。
式場には、人間、獣人、エルフ、ドワーフ……多様な種族の貴人や外交官が集う。
それぞれが刻印のような装飾を纏い、豪華絢爛でありながら、どこか親しみの風を感じさせる華やかな会場だった。
ミカの隣で、ルシアは深呼吸をひとつ。
ミカ(静かに)
「あなたの言葉には、真実を混ぜて」
ルシア(小声で)
「はい……僕の思いを、届けます」
そう言って、ルシアは壇上へと進む。
拍手が彼を迎えた。
ルシアは胸に手を当て、ゆっくりと口を開く。
ルシア
「皆さま、本日はご列席いただき、ありがとうございます。魔王国より参りました王子、ルシアと申します」
会場が静まり返った。
彼は続ける。
ルシア
「幼い頃より、父――魔王アークに教えられたことがあります。『人は、風のように目に見えぬものを感じ、互いを知ろうと歩むべきだ』と」
会場に、肯く声。若干の微笑も混ざる。
ルシア
「いま、ここに集う多くの種族、多くの文化、多くの思い――それらはすべて、“風”の一部です。交わし合うことで、見えなかった世界が見えてくる。僕は、これが“調和”だと信じています」
マイクのない場でも、彼の言葉はしっかりと届いた。
そしてその心意気に、来賓の間から小さく拍手が起き始めた。
ルシアは少し目線を落とし、心を込めて語る。
ルシア
「けれど、調和とは“ただ合わせること”ではありません。調和には“対話”と“責任”が必要です」
彼は大柄のドワーフ商人を見つめた。
ルシア
「あなたの国では金属細工が盛んで、我が国の防衛技術を向上させてくれました。ありがとうございます」
次に、エルフの外交使節へ向けて言葉を紡ぐ。
ルシア
「あなたの民が教えてくれた木々の声――それは、我々が自然とどう共生すべきかを考えさせてくれました。感謝します」
会場の空気が温かくなり、彼の一言ひとことが、まるで糸で結ぶかのように人々の心を繋いでいる。
ルシアは声を少し強め、語尾に力を込める。
ルシア
「そして私は誓います。魔王国は、皆さまと共に、“風”を吹かせ続ける国でありたいと――違いを否定するのではなく、違いを祝福し合う。“理解と尊重”を忘れずに」
彼の視線は、両親、仲間、そして遠くで見守る護衛と重臣にも向けられた。
ルシア
「平和は、約束だけでは築けません。対話と責任と――“行動”が必要です。これが、僕たちの “王族”の役割です」
拍手は大きく、そして長く続いた。
ルシアの頬に、ほんの少し汗が浮かんでいたが、その表情は晴れやかだった。
降壇すると、ミカが駆け寄る。
ミカ
「素晴らしかったわ、あなたの言葉は“力”を持っていた」
ルシア(照れくさげに)
「母上、ありがとうございます。ただ……まだ僕には、やるべきことが山積みで」
ミカ
「その山が、あなたの“道”だから。踏みしめるたび、光が増えていくわ」
次に目を向けると、アークが深々と一礼していた。
アーク
「立派だった、ルシア。君が語った言葉は――王族の言葉だけではなく、“王子の魂”そのものだ」
ルシアは、大きく息を吸い込む。
ルシア
「ありがとうございます。僕はこれからも…人と国と、未来を語り続けたい」
式場を後にし、外へ出た三人。夜風が吹いていた。
アーク(父として)
「君はもう、“風を導く者”だ。未来を運ぶ言葉を、忘れるな」
ルシア
「はい、父上。僕は……“調和”を行動で示していきます」
ミカ(助言を込めて)
「そして時には、言葉を超えて、目を見て、手を取って――触れることも忘れないで」
ルシアは、ふたりを見つめながら頷いた。
その夜、王都の高台に吹く風は――新たな世代の王族が紡ぐ言葉と共に、静かに歌い始めていた。




