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161話 王妃としての朝 ―帳簿と外交文書と

朝靄が王宮の庭を包む頃、ミカは内廷の扉をそっと開けた。淡い光が大理石の床を照らし、すでに数名の補佐官が机に向かっていた。凛とした空気が、ここがただの邸宅ではないことを物語っている。


補佐官A(小声で)

「おはようございます、王妃殿下。今日の陳情書、こちらに整理済みです。」


補佐官B(微笑を浮かべ)

「外交官からの最新書簡も受領しています。フランシア王国からの協定案は…」


ミカは深呼吸をひとつして、ゆっくりと椅子に腰かける。


ミカ

「ありがとう。まずは、国内の陳情から確認しましょう。民の声を、今一度丁寧に読み解くのが今日の出発点です」


補佐官たちは丁寧に頷き、書類を並べ始める。ミカの視線は揺るがない。




ミカはまず会計帳簿を開く。昨年度まで魔王政権が投資した教育・医療予算の推移を、ひとつずつ丁寧に読み取っていく。数字は彼女にとってただの数値ではなく、“民が何を求め、何に困っているか”という、生の声に他ならない。


ミカ(つぶやくように)

「医療投資は予想以上に人数を支えている…だが地方の延伸がまだ不十分か。教育支援は進んでいるけれど、異種族住民の参加比率はまだ低い……」


補佐官Cが控えめに意見を差し出す。


補佐官C

「王妃殿下、昨季のデータから見ると……エルフ住民の参加率に対し、対応策を検討中です。魔導教育の課程にも、もう少し柔軟性が必要かと」


ミカはペンを手に取り、書き込むように頷いた。


ミカ

「エルフ文化の神秘性を損なわずに、共教育とする。異文化理解の場を“必須課程”とする形で、案を作成しておいてください」


補佐官Cが感謝の目を向ける。


補佐官C

「わかりました。すぐに案をまとめます。」


数十分後、ミカは帳簿から目を上げ、書簡置き場を見る。そこには先ほどの外交文書も含まれていた。




外交官からの書簡には、他国からの貿易や同盟条項が細かく記されている。その中には条件として侯爵家への関与や共同研究の記述なども含まれていた。


ミカは目を細める。


ミカ

「(――この条件では、国内の中小商人が締め出されかねない)」


重要な条約の表現を朱線でなぞり、ふと思い立ったように書き直し始める。


ミカ

「“共存と繁栄の絆を深化する”。この表現なら、具体性を持たせつつ国民の共感も得られる」


再び添削を終えた書簡を再配置し、新たな案を補佐官に提出した。


補佐官D

「この表現なら、外国との信頼を示しつつ、国内にも誠意を示せます」


ミカ(穏やかに)

「外交は“書く言葉”がすべてを決する場面もある。私は――秘書としての自分にも責任を忘れない」


補佐役の心得が、自然とかたちに現れる瞬間だった。




すべての書類をひと通り納めた後、ミカは執務室を抜け、王宮の保育室へ向かう。そこではルシア、アレイド、アリアが朝の読み聞かせが終わったばかりだった。


ルシア(にっこり)

「母上!今日は、あとで剣術をお願いします!」


アレイド(興味深げに)

「母さん、今日は地流モデルの続きを話してもいい?」


アリア(はしゃぎながら)

「ねえねえ、わたしも!」


ミカは三人を抱き寄せ、柔らかく笑う。


ミカ

「わかりました。では、食後に時間を作るから、終わってから皆でできる時間にしましょうね」


子どもたちは嬉しそうに頷き、ミカは深く息を吸った。




昼前、宮廷内は再び外交使節団の歓迎ムードに包まれる。ミカは王妃として、感謝の言葉を述べ、外交舞台に立つ。


ミカ(語りかけるように)

「ようこそ、我が国へ。共に未来を築く仲間として、共通の恩恵を分かち合いたいと願っております」


貿易、教育、技術協力――その場の空気を読みながら、的確に言葉を紡いでいく。まさに“秘書としての経験”が活かされる瞬間だった。




陽が落ちる頃、ミカは再び書簡と帳簿の山の前に戻る。今日は多くの進捗があり、補佐官たちも疲れが見え始めていた。


補佐官A

「王妃殿下、本日の政務は一段落でしょうか?」


ミカは微笑ながら資料を閉じる。


ミカ

「ええ、ここで一度まとめましょう。明日の朝の報告会で、補佐官皆さんへの感謝も伝えたいと思います」


補佐官Aは小さく微笑む。


補佐官A

「ありがとうございます。日々、学びが多いです。王妃殿下のおかげです」


ミカはその言葉を胸にしまい、静かに決意する。


ミカ(心の中で)

「国母として、王妃として、何より“秘書として”。そのすべてを、静かに、しかししなやかに――私は今日も戦うのです」


夜空には星が瞬き、王宮の灯が柔らかく輝いていた。




朝から晩まで、帳簿と書簡を手に戦うミカ――そこには静かなる“母として”“王妃として”“秘書として”の三重の顔がありました。

政務の書類に込める思い、子どもたちに注ぐ愛、外交の場に放つ知性。それはすべて、彼女が抱える覚悟と誇りの証だったのです。

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