160話 “誰かに見せる背中”という覚悟
押し黙った城の屋上で、アークとミカは南の空を見つめていた。三人の子どもたちはすでに寝静まり、王宮には静かな風が吹いている。
アーク(低い声で)
「ここで空を見上げると──“父”である自分と、“魔王”である自分との距離が、妙に遠く感じる」
ミカ(隣で静かに頷きつつ)
「“父”としての背中は、子どもたちに安心を与え、“魔王”としての背中は民に安堵を与える。あなたには、どちらの責任もあるのです」
アークは天を仰いだまま、重い呼吸をついた。
アーク
「民を導く“背中”と、子を照らす“背中”。二つの役割を背負いながら、俺はいつか折れるのではないかと……」
ミカがその腕をそっと掴む。
ミカ
「背中が折れるのを恐れるなら──それを支える私が、ここにいます」
夜が深まり、二人は寝静まった子どもたちの隣を通りながら歩いていた。
アリア(夢の中で小声)
「……とうさま……がんばって……」
アリアの囁きに、アークは立ち止まる。ミカも足を止め、静かに耳を傾ける。
アーク(優しく)
「アリア、安心しな……父はお前たちのために背中を見せ続ける」
ミカ
「お父さんは、みんなの“守る背中”ですものね」
早朝、アークは三人の子どもとともに、民への登城儀式に臨んでいた。陽が当たり始めると、民たちは「魔王の家族」と目される彼らに笑みを向ける。
民の老婆(懐かしげに)
「魔王様、お子様方もすっかり立派になられて……」
ルシア(緊張気味に礼して)
「ありがとうございます。これからも父と共に、国を支えてまいります」
アークは子の返答を聞き、胸に小さな光を灯した。
アーク(心の中で)
「この背中を、誇りに思えるか?いや、まだ道半ばだ」
夕刻、ふたりは食堂で向かい合って膳を囲んでいた。窓の外は夕焼けが城壁を赤く染めている。
ミカ(箸を止めて尋ねる)
「子らとの登城、どう感じましたか?」
アーク(ゆっくり箸を置いて)
「想像以上に厳粛だった。だが、同時に──心から誇らしかった」
ミカは微笑みながら、彼の手を取る。
ミカ
「支える背中が、いつしか“頼られる背中”になっていく。その責任は重いけれど、あなたなら大丈夫です」
アーク
「俺は……君の言葉に支えられている。父として、魔王として──その両輪を回す」
ミカは深く頷いた。
再び夜、ふたりは城の奥にある小高い丘に立っていた。無数の星が二人を包み込む。
アーク(天を仰ぎつつ)
「見せるべき背中は、隠すものじゃない。むしろ、照らすものだ」
ミカ(優しく微笑む)
「あなたが照らせば、子らは恐れることなく歩けます」
アークはそっとミカを抱き寄せ、肩越しに星空を見つめた。
アーク(囁くように)
「これからも、俺は覚悟する。父として、魔王として――お前たちに見せ続ける背中を」
ミカは微笑み、彼に寄りかかる。
ミカ
「私もあなたの背中を見て、歩きます。――共に、生きる覚悟を」
家族と民――二つの顔を持つ背中に、「未来を歩むための光」が生まれた。
それが、アークという男が選んだ“覚悟”の証なのであった。




