表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/235

156話 朝の執政、夜の笑顔

第5部 継がれし焔、継がれし志 ―子供たちの成長譚―


子供たちの成長物語+父・母物語


副題:その名を背負う者たちが、未来へと歩み出す物語


この部では、ミカとアークの3人の子どもたち――

ルシア(長男)・アレイド(次男)・アリア(長女)の成長を軸に、王族の子として、個人として、彼らが何を受け継ぎ、何に悩み、どう未来を選ぶのか

朝陽が魔王城の尖塔に差し込む頃、玉座の間には既に数名の文官と軍務官が詰めていた。淡い赤金の光を背に、魔王アークは重厚な椅子に腰かけ、視線を鋭く走らせる。


「この件、ラザル将軍の意見は?」


「はっ。南東の砦修繕については……」


アークの表情は終始冷静だった。魔王として十年以上の歳月を歩み、国内外の多くの難題を乗り越えてきた男。その眼差しは、かつての激情よりもはるかに沈着で、周囲を飲み込むような気迫と説得力を備えている。


執政官の一人が小さな咳払いをして進言する。


「北方との貿易拠点建設に関し、王妃殿下の提案した文官支援案が予算を圧迫しておりまして……」


「それで?」


「一部、兵站予算との折衷を求める声が――」


アークは口元をわずかに動かし、目を伏せた。


「それは無粋というものだな。民の安寧は、軍の力のみでは成らぬ。――王妃の案を尊重しろ。」


一瞬、空気が止まり、やがて官僚たちは顔を見合わせて深く頷いた。


「はっ、仰せの通りに。」


そう、アークは“王妃の案”と呼んだ。今や、ミカの名は城内外を問わず、行政の要としての重みを持ち始めていた。誰よりも正確に事実を把握し、誰よりも冷静に情勢を読み、誰よりも民の暮らしに目を向ける――かつての「秘書」は、今や「王妃」でありながら、国の神経そのものだった。


午前の執政が終わると、アークは一度立ち上がり、広間の一角にある開放窓に歩み寄った。眼下には訓練場で剣を交える兵たちと、その隅で遊ぶ三つの小さな影が見えた。


「……また庭に出ているのか。」


微笑ましさと、ほんの少しのため息。


庭で遊ぶのは、ルシア、アレイド、そしてアリア。三人の子どもたち――ミカとの間に生まれた、大切な命たち。


彼らは“王の子”として日々成長していたが、アークは彼らを“ただの子ども”としても見守っていた。


「……父としての時間も、もっと取らねばな。」


誰にも聞こえぬ呟き。だがそれは、王としての自覚と父としての葛藤のあいだで揺れる、彼自身の本音でもあった。


夜。政務を終え、アークが王妃の私室に入ると、ミカが机に向かって何かを綴っていた。


「……まだ仕事か?」


「あと少しです。明日の医療部門の報告書に添える提案を……」


アークは背後から近づき、彼女の肩に手を置いた。


「ミカ、夜は夜の顔がある。――お前は、今日何を食べた?」


「……う。」


「やはり、食べていないか。」


言葉は叱責ではない。だが、その声には静かな憂いと、確かな愛情があった。


ミカはペンを置き、くるりと振り返る。


「……子どもたちは?」


「アリアが風の魔法で花壇を吹き飛ばした以外は、平和だった。」


「アリア……!」


「ああ、ルシアがなんとか抑えてくれたよ。アレイドは相変わらず“砂の音楽”を発明していた。」


「砂の……?」


「私にもよく分からん。」


二人はくすっと笑い合う。


アークはミカの隣に腰を下ろし、小さく息をついた。


「……君はどうして、変わらずこの“重荷”を背負い続けられる?」


「重荷だと思ったことは、一度もありません。」


ミカは静かに首を振った。


「私は、あなたの傍にいたくて、ここにいるだけです。」


その言葉に、アークはほんの少しだけ顔をそらした。感情を隠すのが難しくなってきたのは、歳のせいではないだろう。


「……私は魔王だ。」


「私はその魔王の妻で、三人の子の母です。」


「……恐れ知らずだな。」


「今に始まったことではありませんよ?」


アークはその言葉に負けて、微かに笑う。


「ミカ。今夜は、君の笑顔だけが私の薬だ。」


「ならば、王の命令とあらば。」


ミカは少しだけ照れたように笑い、アークの胸に身を寄せた。彼の手が自然と彼女の肩に回る。


政務、戦略、外交――いかなる試練の後でも、この部屋だけは、静かで穏やかだった。


そこには魔王も秘書もなく、ただの“夫婦”と“家族”がいた。


深夜、アークは灯りを消し、眠るミカと三人の子を見守るように、そっと寝台に腰かける。


「……父とは、難しいな。」


独白。


「強さだけでは、守れぬ。優しさだけでも、育てられぬ。」


月明かりが窓から差し込み、白銀のように室内を照らす。


その静けさの中で、アークの目元がほんの僅かに緩む。


「だが――君たちの未来のためなら、私は何度でも魔王になる。」


そう呟いたその時、小さな声が布団の中から聞こえた。


「……とうさま?」


それはアリアの声だった。まだ言葉もつたなく、けれど確かに彼女は目を開けていた。


「なに?」


「ぎゅって……して?」


アークは笑った。


「任せろ。お前が嫌がる日までな。」


そして、そっとアリアを抱き寄せる。小さな手が、彼の大きな胸に触れた。


それは“魔王”ではなく、“父”の姿だった。


――アーク。二つの名を持つ男の、二つの顔。


それは矛盾ではない。誇りだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ