表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/235

133話 夜を越える、想いと涙

闇は静かに城を包み、月すら隠れた夜の帳が落ちる。

ミカは執務室に隣接した療養室で、燃えるような高熱にうなされるアークの傍らに座っていた。


額に浮かぶ汗を拭いながら、彼女は何度も冷水に浸した布を替える。

その指先は震えていた。手の甲から、そして掌から伝わる熱は、まるで彼の命そのものが燃えているかのようだった。


「……アーク」


思わず名を呼ぶ。返事はない。

まぶたの裏で震えるように閉じられたアークの目元は、いつもの鋭さを失い、ただ苦痛に耐える無防備さだけを残していた。


「……どうして、あなたでなければ、こんなにも胸が痛まないのでしょう……」


思わず、心から漏れたその言葉に、ミカ自身が驚いた。

けれどもう、止められなかった。


彼が倒れた瞬間のことが脳裏に焼き付いている。

突然の魔力の暴走、蒼白になり膝をついた姿、そして誰にも触れさせぬように自らの魔力を封じ、彼女を遠ざけようとしたこと。


――「ミカ、君は……下がっていなさい。これは、私の業だ」


それでも彼女は、下がらなかった。


「違います、アーク。あなたの“業”に、私は向き合いたい。勝手でも、無力でも、私の居場所は……あなたの傍です」


そう言って駆け寄り、彼の身体を支えたあの瞬間。彼の手が、かすかに彼女の腕を掴んだ。熱に浮かされても、彼は彼女を拒まなかった。


そして今、こうして夜を越えて彼の看病を続けている。

ひとりきりの夜。静寂に包まれ、蝋燭の明かりがわずかに揺れる。


ミカは、アークの手をそっと取った。


「……あたたかい」


彼の手は、ずっと自分のために動いていた。

冷徹な判断を下しながら、民を守るために、彼は誰よりも傷を背負ってきた。

そして、その隣にいた自分は──本当に“秘書”でしかなかったのか?


違う、と胸の奥が叫ぶ。


「……私は、あなたが苦しむ顔なんて、見たくない」


そっと、アークの頬に触れる。

高熱で紅潮する肌、その中に震える命。

息が浅くなるたびに、ミカの心も締め付けられる。


「……あなたの笑顔が見たい」


言葉に出した瞬間、視界が滲んだ。

涙が、するりと頬を伝う。


「私は……ずっと自分に言い聞かせてきた。これは職務だって。忠誠心だって。あなたを尊敬しているからだって……」


震える声が、夜の静寂に溶けていく。


「でも……でも違う。私は、あなたがいない世界なんて……考えたくもない」


彼の指に、自分の指をそっと重ねる。


「これは……恋だ。私は、アーク、あなたを……」


そこまで言って、ミカは言葉を呑む。

彼が目を覚ましているわけでもない。それでも、口にすることで、ようやく自分の心に真実が届いた。


「私は、あなたを……愛している」


その言葉が落ちた瞬間、静かだった夜の空気が震えた気がした。


彼女の頬を伝う涙が、アークの手の甲に落ちる。

その雫に、彼の指が、ほんのわずかに反応したようにも見えた。


「……ミカ」


低く、かすれた声が聞こえた。寝言だったのか、それとも意識の底で呼んでいたのか。


ミカは答えるように、その手を強く握る。


「ここにいます。私は、ここにいますよ……」


心の底から溢れた想いを、ようやく言葉にできた夜。

それは痛みを伴う愛の始まりであり、

ただの“秘書”ではいられなくなった証でもあった。


蝋燭の炎が、ふたりを照らして揺れていた。

夜が明ければ、もう――戻れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ