13話 魔法と技術の融合
「これが……魔導炉?」
俺の目の前に広がっていたのは、巨大な結晶構造を中心に円環状の回路が張り巡らされた半球ドームの内部だった。
魔力が脈打つように青く輝き、床の文様が淡く発光している。
「ええ、魔王城の魔導炉第一基。魔力の供給源であり、同時に防衛結界の心臓部でもありますのよ」
案内してくれたのは、リリス様――そして、彼女に同行していたのは一風変わった風貌のドワーフだった。
「お初にお目にかかります。技術開発局長のゼルドン・アイアンフレイムです」
白く長い顎髭と油にまみれた手。作業用のゴーグルを首にぶら下げており、まさに“研究バカ”といった風情だった。
「本日は視察ということでよろしいでしょうか?」
「正確には、“改善提案”に参りました」
俺がそう答えると、ゼルドン局長の顔が一気に曇った。
「また……ですか。内政改革とやらで、もう資材の流通にも人員にも口出しされとります。今度は我々の“研究領域”にまで?」
「いえ、敵対するつもりはありません。ただ――“非効率”を放置しておくことは、組織としての損失です」
俺は、持参した資料を差し出した。
それは、前世で経験した“発電所のエネルギー管理フロー”と“排熱回収システム”の図解だった。
「ふむ……この“断熱材”というのは?」
「素材によっては魔力が熱として流出している可能性があります。それを抑えれば、炉の稼働効率が上がります」
「だが、これは魔法で動いておるのだぞ。科学とは土俵が違う……」
「ですが、物理法則は魔法の根幹でもあるはずです。
“魔力は物質に作用するエネルギー”と考えれば、熱効率という観点は無視できません」
俺の言葉に、ゼルドンの瞳が鋭くなった。
「――面白い。ならば、実験に付き合っていただきましょうか、秘書殿」
その日から、俺は技術開発局に“臨時配属”されることになった。
研究員たちは、種族も専門もバラバラだった。
魔法陣の改良に情熱を注ぐエルフの青年、実験用ゴーレムを製造するドワーフの工匠、触媒素材を調合するスライム研究者までいた。
「ここでは、魔法と科学がぶつかり合って融合する。まるで鍛冶場みたいなもんだ」
ゼルドンの言葉は、誇りに満ちていた。
「ちょっと! ここの数式、調整したでしょう!」
「仕方ないだろう、魔力干渉が強すぎるんだ! 安定させるために必要だった!」
「勝手な修正は規則違反です!」
「お前だって昨日、変な添加剤混ぜたくせに!」
「それは実験の一環で――!」
はいはい、ケンカしない。
まるで理系大学の研究室のような喧噪の中、俺は“論理”という名の共通言語で橋を架けようとした。
「“魔力循環構造”を“対流モデル”に落とし込めば、制御しやすくなります」
「なに? それは魔力を“流体”として扱うということか?」
「理論上、できます。魔導回路の彫り方を“渦流設計”に変えれば、エネルギーのロスを減らせる可能性が高いです」
「なら、試してみるか!」
設計チームと工作チームが連携して、試作炉のモデルを作成。
俺は指示を出すだけではなく、自ら魔力回路の清掃や部品運びにも参加した。
「秘書さんって、意外と……泥臭いこともやるんですね」
エルフの研究員が驚いたように言った。
「元はブラック企業の下っ端でしたから。現場作業、嫌というほど経験してます」
みんなが笑った。その笑いの中に、わずかでも“信頼”があったことが、妙に嬉しかった。
数日後、試作炉が完成した。
ゼルドンがゆっくりと操作盤に手をかけ、スイッチを押す――。
「起動!」
ゴゴゴ……ン。
魔力の波が一斉に奔り、炉心の結晶が深い蒼に染まった。回路のラインが順に発光していく。
「安定してる……!」
「魔力変換効率、前より14%向上……これは、前例がないぞ!」
「やった……!」
研究室が歓喜に包まれたその瞬間、俺はこの異世界に来て初めて、“前世の知識”が心から感謝されたように感じた。
リリス様が、実験結果の報告書を手に微笑んだ。
「どうやら、“魔法”と“科学”が手を取り合う未来も、悪くないものですわね」
「はい。ただし、両方の“言葉”が分かる通訳が必要ですが」
「それが……あなたということですのね?」
俺は、少し照れくさく笑った。
「はい。お節介な“秘書”の役目ってことで」




