12話 異種族との交流
「……おい、あの人間、また魔王様の隣にいたぞ」
「しかも秘書だと? 本気かよ。前線で戦ったこともないくせに……」
――聞こえてるぞ、それ全部。
最近、こうした囁き声を耳にする機会が増えた。
魔王軍内で進めてきた内政改革は、徐々に実を結び始めている。しかし、同時に“不満”や“誤解”も蓄積していた。
とくに問題となっているのは――異種族間の意識の壁だった。
魔王軍には、さまざまな種族が所属している。
オーク、ダークエルフ、リザードマン、ラミア、インプ、ドワーフ……そして、ごく少数の人間。
その中で“異分子”と見られているのが、俺だ。
「なあ、秘書殿。ちょっと来てくれねぇか?」
声をかけてきたのは、獣人族の青年――グレオ中尉。前線部隊の教育担当を任されている。
「新しい研修兵の班分けをしたんだが……ちょっと、雰囲気がな」
案内された訓練場では、若い魔族たちが5~6人のグループに分かれて座っていた。
その中でひときわ浮いていたのが、一人の小柄な少女――尖った耳と蒼い肌を持つ、アクア族の兵士だった。
「誰も話しかけようとしねえ。怖がってるっていうか……遠ざけてる感じだな」
「アクア族は希少種ですもんね」
「希少だからって、避けるのが当然か?」
グレオの問いに、俺は言葉に詰まった。
人間社会でも、少数派に対する“無意識の距離”は確かにあった。けれど、この世界はその温度差がはるかに激しい。
「やあ、アクアさん。お話、いいかな?」
俺は少女の隣に腰を下ろした。彼女は一瞬、警戒するように体をこわばらせたが、すぐに小さく頷いた。
「……はい」
「緊張してる?」
「……いえ。慣れてますから」
彼女の声は、波のように柔らかかった。けれど、その言葉には諦めにも似た冷たさが滲んでいた。
「差し支えなければ、聞かせてくれない? なぜ魔王軍に?」
少し沈黙の後、彼女はぽつりと答えた。
「アクア族の集落は……“水源税”が重くて。魔界本土との交渉をするためには、“内部の立場”が必要なんです。だから、ここに」
なるほど。完全な政治的動機だった。
「それで……みんなと仲良くしたいとは思ってない。そういう感じ?」
「……本音を言えば、怖いんです。他の種族が。どう思われるか、じゃなくて、何をされるか」
その言葉は、まるで盾のようだった。
彼女は最初から心を開くつもりがなかったのではなく、“開ける余地すらない”のだと気づいた。
その夜、俺はリリス様に直談判した。
「提案があります。異種族交流を目的とした“合同演習”を開きたいのです」
「……ふふ。ついに“イベント企画”まで手を伸ばされるとは。やはり、秘書殿は働きすぎですわね」
「冗談抜きで。混成班での演習によって、“相互理解”を促したいんです。戦術だけでなく、共同生活を含めて」
リリス様は少し考えた後、優雅に頷いた。
「いいでしょう。ですが、条件がありますわ」
「条件?」
「あなたも、演習に参加なさい」
「……え?」
こうして数日後、異種族混成チームによる合同演習がスタートした。
俺のチームには、アクア族の少女ミィナ、ドワーフ族の無口な老兵、インプのやんちゃ坊主、そして俺、人間。
最初の課題は、“森の中で指定アイテムを探して持ち帰ること”。
つまり――サバイバル訓練だった。
「……えーと、まず地図を確認して……って、誰かコンパス読める?」
「地図……たぶんこの辺」
「その地図、上下逆よ」
「えっ」
最初は、もうメチャクチャだった。
意見はかみ合わない、進行役が決まらない、足並みもバラバラ。
けれど、途中でミィナが言った。
「この川の流れ方、違う。地図と一致しません。――こっちが正しい道」
その瞬間、全員が彼女のほうを見た。
「アクア族は……水の流れを“感じる”ことができるの」
まるで魔法のように、チームの空気が変わった。
「ミィナ、すげぇな!」
「お前の“耳”すげぇな!」
「なんか……頼りになる」
……なんで俺が言われてないのにちょっと嬉しいんだろう。
演習を終えた帰路、ミィナがぽつりと呟いた。
「……不思議です。初めて“誰かと働くのが楽しい”と思えました」
「それは、君の力をみんなが認めたからじゃないかな」
「認めてもらうって……こんなに、温かいんですね」
そう言って彼女は、ほのかに微笑んだ。
異種族間の壁は、根深い。でも――“共に汗を流す時間”には、それを超える力がある。
そう信じたくなる一日だった。