119話 ラッカの誓い ―明日を変える手で
重厚な扉がゆっくりと開く音が式場に響く。
ラッカが現れた。
軍服を模した濃紺の秘書装備は、戦場の厳しさと、未来の静謐を同時に象徴しているようだった。
彼の足取りは確かで、視線は迷いなく前を捉えていた。
壇上の中央へと立ったラッカは、一礼し、胸に手を当てる。
その手には、かつて演習場で交わされた血と汗の記憶が残っていた。
――あの夜を、思い出す。
予算会議で古参の軍人たちから叱責を受けた。
「前線を知らぬ者が、口だけで命を語るな」
怒号と冷笑の中、ラッカは一歩も引かなかった。
そして、言葉ではなく“行動”で示すことを選んだ。
自ら再編案に基づいた演習を指揮し、訓練兵たちを率い、命の残り方が違うことを証明したのだ。
「……あの時、俺は気づいたんだ」
壇上で、ラッカが静かに語り出す。
「数字は、人を遠ざけるための盾じゃない。命を守るための盾なんだ」
軍部の席に座る者たちが、微かに身を乗り出す。
「剣を振る者も、後ろで記録を取る者も、等しくその命を賭けている。ならば俺は――その両方を知る者として、未来の盾を築く」
彼の言葉に、ざわめきが静まった。
その瞬間、軍団長が小さく、しかしはっきりと笑った。
「まったく……口うるさい坊主だったがな」
その声は、はっきりと会場中に響いた。
「俺が見た“背中”は、前を向くすべての者を導くためにある。……あれなら、任せてもいいと思えた」
ラッカの頬が、すこしだけ紅くなる。
彼は慌てて視線をそらしながら、それでも笑みを抑えきれず、もう一度、胸に手を当てた。
「……俺はこの手で、明日を変える。誰かの盾として。誰かの進む道の礎として」
観衆の中から、自然と拍手が湧き上がった。
それは称賛ではなく、共鳴だった。
ラッカの声が、誰かの記憶を呼び起こし、心を動かした証だった。
戦うことしか知らなかった少年は、今――未来を支える青年として、そこに立っていた。




