116話 決定式の朝 ―“任命”ではなく、“宣言”を
王宮の奥、黄金と蒼の装飾に彩られた式場。その中央には、古の魔法文字が刻まれた環状の台座が静かに佇んでいた。長い歴史を持つこの場は、代々の秘書たちが誓いを立てた神聖な場所。だが今日、その伝統は少しだけ形を変える。
今ここに集まるのは、魔王直属の秘書研修を終えた三人の若者。そして、彼らの行く末を見届けるべく、王国の各界から重鎮たちが顔を揃えていた。
魔王アークが高い席から場を見渡す隣には、長きに渡り“魔王の右腕”として仕えてきたミカが立っていた。
ミカは一歩前に出て、澄んだ声で開式を告げた。
「皆さま、本日はご多用の中、決定式にご列席いただき感謝いたします」
彼女の視線は、セレン、ユーリ、ラッカの三人へと向けられる。その目に宿るのは、期待と敬意、そして一抹の寂しさ。
「……けれど、あえて言葉を改めましょう。これは“決定”の式ではありません。“任命”でもない。今日は“選ぶ”日ではなく、“選ばれる”日でもありません」
式場に微かなざわめきが走る。だが、ミカはそれに構わず言葉を続けた。
「あなたたちが、自らの未来を“選ぶ”日です」
静寂が広がった。数瞬ののち、魔王アークが口元に笑みを浮かべ、小さく頷いた。重鎮たちもまた、その意味を理解し、静かに耳を傾け始める。
ミカはさらに続ける。
「私は、あなたたちに『どの秘書職に就くか』を決めるつもりはありません。その資格は、今日のあなたたち自身が、ここで示すのです」
そしてゆっくりと環状の台座を指差す。
「あの場に立ち、自らの言葉で“これからの自分”を語ってください。それがあなたたちの宣言であり、誓いであり、始まりになります」
場内の空気が張り詰めていく中、ミカがやわらかく言った。
「順番は……セレン。あなたからです」
息を飲む音が、あちこちから聞こえた。
セレンは深呼吸を一つ。白を基調とした式服に身を包み、まっすぐに壇上へと歩き出す。その背に宿るのは、数々の記録と、支え続けた人々の声。
そしてその歩みは、静かに、確かに、新たな時代の幕開けを告げていた――。




