11話 魔王城の風景と施設
「やっと……ひと息つけそうですね」
リリス様の声が、城内の長廊下に優しく響いた。
秘書就任から数ヶ月。怒涛の内政改革に身を投じてきた俺たちは、ようやく“通常業務”へと舵を切れるようになっていた。
「はい。改革第一段階は概ね完了……あとは“定着”と“観察”の段階ですね」
俺がそう答えると、リリス様は嬉しそうに微笑んだ。
「では、少し城を見て回りましょうか。秘書殿、実はまだご案内していませんでしたものね」
「……あ。確かに、そういえば」
思い返せば、着任以来ずっと事務室と会議室、そして寝室の往復だった。
せっかくの異世界、しかも魔王城。ここに住んでいるというのに、俺はほとんど何も見ていなかった。
俺とリリス様は、城内の中枢階から順に見学を始めた。
まず最初に訪れたのは――中央大広間。
「おぉ……」
広さはサッカーグラウンド並み。床は黒曜石のような光沢を放ち、天井には漂うように魔力の結晶灯が浮かんでいた。
「この部屋は“緊急召集”や、“魔王陛下の即位式典”などで使われます。
魔法による音声拡張と幻視投影の術式も備わっておりますわ」
「舞踏会にも使えそうですね……」
「ええ、年に一度の“異種族交流祭”の主会場にもなりますのよ」
華やかな空間。けれど、どこか荘厳で神聖さすら感じる。
あの自由奔放な魔王が、この玉座に……。いや、想像しないでおこう。
次に案内されたのは――魔導資料館。
「これは……本……? いや、魔導書ですね?」
「ええ。歴代魔王が遺した政策記録や、禁呪研究、さらには魔界の地図までも保管されています」
それはまさに、魔族の叡智が詰まった宝庫だった。
文字は流れるような魔法文字だったが、俺の魔導辞書(翻訳リング)でなんとか読める。
「すごい……“封呪管理マニュアル”? これって……」
「魔王城の防衛術式を、数百年にわたって運用している技術書ですわ。
ですが――内容の解読と応用には、“許可”が必要ですのよ?」
「……あ、はい。もちろん!」
知識の力が国家を支える。この世界でもそれは変わらないのだと、俺は強く実感した。
次は、生活区域へ。
「こちらは“魔王親衛隊”の宿舎です」
長い廊下の左右に個室が並び、共同の浴室や食堂、簡易鍛錬場が併設されていた。
「ここ、すごく清潔ですね。古いのに、設備が行き届いてる」
「魔王陛下のご意向で、兵の待遇には常に気を配っております。
過酷な戦場を預かる者たちに、安らぎの場所を――というお考えで」
俺は思った。
ブラック企業の経営陣にも聞かせたい言葉だと。
続いて、研究塔へ。ここは魔法技術者や錬金術師たちの領域だった。
「……うおっ、何か爆発音が……?」
「ご心配なく、通常運転ですわ」
案内された研究室の一室では、球体の魔力エンジンが浮遊し、何かが“融合”されていた。
俺が「これは……?」と訊ねると、白衣を着たラミア族の女性研究員が答えた。
「これは“魔導通信端末”の改良版よ。音声だけじゃなく、映像も送れるようになるわ」
「……スマホか」
「スマホ? ああ、異世界の術具ね。参考になるわ、もっと教えて!」
まさかこの異世界で、技術進化の最前線に立ち会うとは思わなかった。
そして最後に案内されたのは、空中庭園だった。
「……ここは……」
俺は言葉を失った。
眼下には、雲海のように広がる魔界の大地。
中央には、魔力の泉から流れる透明な小川。
その周囲に咲くのは、この世界でしか見られない幻想植物――発光する青いバラ、音を奏でる草、風に乗って浮遊する花弁。
「……ここは、魔王陛下が最も大切にされている場所です。戦いの中にあっても、“美”と“癒やし”を忘れないために」
「ここで……魔王様も、ひと息つくんですか?」
「ええ。たまに寝そべって、花に話しかけたりしていますわ」
……自由だな、魔王。
でも――
こんな風に“緊張と緩和”のバランスが取れているからこそ、魔王軍は機能しているのかもしれない。
「どうでしたか? 魔王城は」
リリス様が、風に揺れる白銀の髪を押さえながら問いかけた。
俺は少し考えてから、こう答えた。
「……想像より、ずっと“生きている”と思いました」
「生きている?」
「はい。施設も、魔術も、人も……この城全体が、“成長する意思”を持っているように感じました」
リリス様は静かに微笑んだ。
「それは、きっと秘書殿がここに来てから……その“芽”が動き始めたのですわ」
その言葉に、少しだけ胸が熱くなる。
異世界。魔王軍。秘書という職。
そして――この魔王城。
ここで、俺は少しずつ、“生きる覚悟”を持ち始めているのかもしれない。
小説家になろう掲載に伴い
オリジナルソング作成しました。
YouTubeにアップ中です。
イメージソング「書類とスケジュールと魔王陛下」
https://youtube.com/shorts/OtvJK7Ycg50
2曲目のイメージソング「書類と魔法と決裁印」
https://youtu.be/nZO8pJycays
2曲ともいい出来です( ̄▽ ̄;)
現在三部作目を執筆中。四部・五部考案中です。
よろしくお願いいたします。




