108話 内部告発者 ―囁かれた真実
城の一角、使われなくなった戦略会議室。その薄暗い空間に、セレン、ユーリ、ラッカの三人が静かに並んでいた。
「……来るかな」
ラッカが天井のひび割れを見上げながらぼそりと呟く。
「来るわ。『話したいことがある』ってわざわざ署名入りの文書で届いたんだから」
セレンが手にした手紙には、送り主の名として『M・F』という署名があった。だが、その名に該当する人物は、魔王軍の中にも複数いる。真偽も含めて不明だった。
だが、セレンたちは来た。何故なら、ここまでの調査で確信に至ったからだ。
――この妨害は、偶然ではない。明確な意志と計画が背後にある。
そして、その扉が静かに開いた。
「……ごめん、待たせたわね」
姿を現したのは、意外な人物だった。
ミリア・ファウスト。魔王軍内政局に所属する中堅官僚。セレンたちが新人研修で世話になった一人であり、控えめで真面目、目立たぬ立場に徹する人物だった。
「ミリアさん……? あなたが“情報提供者”……?」
驚くユーリに、ミリアは静かに頷く。
「ええ。もう、黙ってはいられなかったの。あなたたちが“潰されようとしてる”の、見てられなかった」
セレンが小さく息を呑む。
「やはり、誰かが……意図的に?」
「そう。あなたたち三人――次代の“秘書官”候補と目される人たちを、失脚させるように仕向けてる動きがあるの」
「誰が? 何のために?」ラッカが低く問いかける。
ミリアはしばし言葉を探し、苦い表情を浮かべた。
「黒幕は明言できない……でも、指示を出しているのは古参の高官よ。かつてミカ様の上司だった人物たち。今は表舞台に出てないけど、魔王軍の“古き良き秩序”を守ろうとしている人たち」
「“古き良き秩序”……?」
「彼らは言ってた。『新しい秘書制度は、魔王軍を変質させる。統治を乱す』って。あなたたちみたいな“対話型”の人材が主流になったら、軍は骨抜きになるって」
セレンは眉をひそめる。「それは……私たちのやり方が気に入らないということ?」
「ええ。君たちは“善すぎる”って。信頼や共感で組織は運営できない、って言っていた」
その言葉に、ユーリが手を握りしめた。
「……それって、私たちのことを“正義ぶった理想主義”だって、見下してるんじゃ……」
ミリアは目を伏せる。「でも……彼らなりの“正義”もあるのよ」
「正義……?」
「そう。彼らは、何十年も命を張って、この魔王領を守ってきた。裏切りも、反乱も、数えきれないほど見てきた。だからこそ、“疑いと規律”を重視するの」
沈黙が流れる。
――正義がぶつかっている。しかも、それは“明確な悪”ではなく、それぞれの信念のぶつかり合いだ。
「ミリアさん……。あなたは、なぜ私たちに?」
セレンの問いに、ミリアは微笑を浮かべる。
「あなたたちには、まだ“選べる目”がある。誰かの正義をなぞるんじゃなくて、自分の信じた正義を、選べる。……私は、その力が羨ましかったの」
「……」
「この文書を見て」
ミリアは一枚の紙を差し出す。
それは、軍内部の会合議事録。そこには、“次代秘書候補の再教育案”“機密情報流出を理由とした任務解任案”など、セレンたちに向けられた明確な圧力の存在が記されていた。
ラッカがそれを読みながら、口を開いた。
「つまり、俺たちは“追い出されかけてる”ってことか」
「ええ。でも、公式に動き出す前に、調査が進めば“潰し”は未然に防げる。だからお願い、調べて。動いて」
ミリアの声は震えていた。
「ミカ様に直接訴えることもできた。でも、あなたたち自身の意志で“この正義”に立ち向かってほしかったの」
セレンは、ゆっくりと紙を胸元に抱きしめた。
「ありがとう、ミリアさん……私、戦う。誰かの正義じゃなく、自分が信じたもののために」
「私も……もう、迷わない」
ユーリが小さく呟く。
「俺は、力で押し返すより、今は話し合いたい。向き合って、ぶつかってでも、理解しあえる可能性に賭けたい」
ラッカもまた、目に確かな光を宿していた。
三人の間に、言葉以上の結束が生まれていた。
――自分たちが“試されている”ということ。
――この道は、ミカもかつて歩んだこと。
「行こう」
セレンが言った。
「これが、“私たちの正義”の始まりになる」
その声は、かすかに震えていたが、確かに前を向いていた。




