表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/233

101話 影として立つ ―託された席

その朝、魔王城の執務室には、張りつめた空気が漂っていた。

ミカの不在。それは、この城にとって一種の“異常事態”を意味していた。


「王都会議に呼ばれました。三日間、席を外します」

静かに告げられた一言に、ユーリとセレン、ラッカは目を見開いた。


「えっ、今週……大規模支援物資の配布と、難民区の医療会議、軍の再配置案まで……」


セレンが次々と挙げる日程は、どれも通常であればミカが自ら指揮する重要任務だ。

しかし、ミカは微笑を浮かべたまま言った。


「すべて、あなたたち三人に一任します」


一瞬、時間が止まったようだった。ラッカが口を開く。


「待てよミカさん、冗談だろ? 俺たち、まだ半人前の見習いだぞ」


だが、ミカの表情は真剣そのものだった。

それどころか、目の奥には確かな“信頼”の光が灯っていた。


「だからこそです、ラッカさん。見習いだから任せられない、なんて考え方――私はしません」

「君たちは、すでに“誰かのために決断する重み”を知っている。ならば、十分です」


そして、三人にそれぞれの任務が告げられた。


「セレンさんは医療行政の調整を。難民区の衛生改善案をまとめ、医師団との会議に臨んでください」


「ユーリさんは、市民調整局の支援配分担当に。各地区の声を集め、優先順位を立ててください」


「ラッカさんは、防衛連携指令室へ。軍の再配置と民間防衛訓練の調整を一任します」


三人の顔に、それぞれ違った色の緊張が浮かぶ。

セレンは眉間に皺を寄せ、資料に目を走らせる。ユーリは指先を不安げに揺らし、ラッカは腕を組んだまま沈黙した。


「……無理です。ミカさんの代わりなんて、できません」


セレンのつぶやきに、ミカは首を横に振る。


「“代わり”じゃありません。“あなた”にしかできない仕事をしてほしいのです」

「命令ではありません。ですが、私は――あなたたちなら、やれると信じています」


その言葉に、部屋が静まり返った。

三人は互いに目を見合わせる。


ふと、ユーリが小さく頷いた。


「……僕、怖いです。でも、あの支援現場で――“判断の責任”を知った以上、逃げたくない」


「医療記録は、私が一番読み込んでますから。任せてください。……やるしか、ないですね」

セレンは自らを奮い立たせるように、メモ帳を握りしめた。


ラッカはゆっくりと背筋を伸ばし、低く呟いた。


「この任務、成功させて帰ってきた時……ミカさんに“でかくなったな”って言わせてやる」


ミカは柔らかく微笑んだ。

その瞳には、まるで“親が子の旅立ちを見送る”ような、穏やかで誇らしげな光があった。


「では、行ってまいります。三日後、この城で――お会いしましょう」


ミカが部屋を出ていった瞬間、空気が少しだけ変わった。

重責が、確かに三人の肩に乗ったのだ。


だがその背中は、迷いの中にあっても、確かに少しだけ――“秘書の影”として、立ち上がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ