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100話 秘書の証 ―未来のために

夜が明け、報告室にはまだ静かな緊張が漂っていた。

ユーリ、セレン、ラッカの三人は、簡素な資料と手書きの記録を抱えて席に着く。


その正面に座るのは――ミカ。

魔王直属の主席秘書。冷静沈着で、時に非情にも見えるその姿の奥に、かつて数多の決断を重ねた“真の秘書”の姿がある。


ミカは一言も発せず、三人の報告を最後まで黙って聞いていた。

途中、ラッカが報告書を落としそうになったときも、セレンが言葉を詰まらせたときも、ユーリが泣きそうな目で地図を見つめていたときも、彼女はただ――聞き続けた。


そして、すべてが終わった後。

しばらくの沈黙ののち、ミカはようやく口を開いた。


「……判断に“正解”なんて、ありません」

低く、そして澄んだ声が、部屋に響いた。


「数字ではなく、人の命を扱うということ。それは、どれだけ知識を積んでも、慣れることのない痛みです」


三人は、ぴくりと身を震わせる。

だがミカは、優しく続けた。


「でもね――君たちは、他人事にしなかった。

報告にあった全ての地名を記憶し、そこに“誰がいるのか”を考え続けた。

見捨てた場所にさえ、最後まで心を残していた」


そして、少しだけ声の調子を変えた。

それは、どこか安堵の混じった、誇らしげな響きだった。


「……それが“秘書”の本質です」


ユーリが、かすかに目を見開く。

セレンは、小さく息を呑んだ。

ラッカは、視線をそらして唇を噛んだ。


ミカは、視線を一人一人に向けながら語りかける。


「秘書とは、王や将の代わりに、現場の現実を見つめ、時に――最も重い“決断”を引き受ける者」


「『命を選ぶ』という行為は、誰もが恐れ、逃げたくなるものです。

ですが……あなたたちは逃げなかった。痛みに耐え、責任を抱え、そして――選んだ」


少し、間があった。


「あなたたちは、今日、それを果たした。……私は、心から誇りに思います」


その言葉に、三人は言葉を失った。

静かに、ゆっくりと頭を垂れる。


沈黙の中に、深いものが宿っていた。

それは後悔ではない。

悲しみでもない。

――覚悟だった。


しばらくして、ラッカがぽつりと口を開いた。


「なぁ、ミカ……あたしら、また……ああいう判断を、する時が来るのか?」


「――ええ、必ず来ます」

ミカは即答した。


「あなたたちが“秘書”である限り、その選択の連続が、これからの未来を織り上げていくのです」


セレンが、前を見つめたまま言った。


「なら……せめて、今回の判断が無駄じゃなかったと、証明できるようにしたい」


ユーリがそれに続く。


「救えなかった命も……見捨てなかった命も……全部、僕たちの責任なんだって、忘れないようにします」


ラッカが苦笑する。


「重ぇな……でも、背負わなきゃ意味ねぇんだよな、きっと」


ミカは静かに頷いた。


「それでこそ、未来を支える“秘書”です。

――あなたたちは、もう十分、“秘書”でしたよ」


外には、朝の光が差し始めていた。


次なる災害予測資料が、机に積まれていく。

新たな出動命令の下書きが、魔王から届いたとの報が入る。


三人は顔を見合わせる。


迷いも、不安も、まだそこにある。

でも、その瞳には、確かに“芯の強さ”が灯っていた。


彼らはもう、“守られる側”ではない。

未来を選び、現場を動かし、人の命に向き合う――魔王秘書団。


そして、今日もまた。

「誰かの未来」のために、彼らは歩き出した。

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