01
「ロゼは美人よねー。気立ても良いし、年頃だし」
知ってます知ってますって。
なんてったって、ロゼはフランカの花屋の看板娘。
「三軒先のリュードも仕立て屋のニコルも、ロゼに結婚を申し込んだっていうじゃない?まぁ、ロゼもさすがにまだ断ったっていうけど、そうよねー。ロゼならもっと上、うん、貴族に見染められるってゆーのもアリよね!」
へぇー。この町じゃなかなかの……でも断ったのか。ロゼは奥手だからね。当然かな。
玉の輿も……ありえなくないなー。
だって、ロゼだし。
「だからね?アタシ思うのよ。次の豊穣祭での女神役、あのコでしょ?きっと、ロゼは見目麗しい貴族とか、ううん、ひょっとしたら王族に見染められちゃうんじゃないかしら!」
ああ、そういえばそんなものもあるんだっけ。一月前にロゼが女神役に選ばれたって聞いたような気がする。スヴェンが騒いでたっけ。
先月は忙しかったから、あんまり覚えてない。
でも……きっと綺麗だろうな。見目麗しい貴族に見染められるかどうかは分からないけど、ロゼが綺麗なのは事実だから。見たいなー。
「ああ!もう!シオン!アンタ人の話無視してんじゃないわよ!」
ドンっと拳がテーブルに叩きつけられた。おかげでテーブルの上に置いてあった花瓶が倒れてしまった。床が水浸しである。
シオンは恨みがましげに元凶の人物を睨んだ。
「聞いてたって。アイオスは話の途中で口出しすると、怒るし……。めんどくさ」
「アイリス!そっちの名前で呼ぶなっていってるでしょ!?しかも面倒くさいとか、こーゆーガールズトークには適度な相槌も必要よ!」
「レインはアイオスって呼べばいいって言ってたよ」
「むきー!アンタ、無視する気!?ってゆーか元凶はアイツか!」
シオンの目の前で憤慨している人物――――アイリス・レグニトスは美人である。怒っていても、全く損なわれない程度には。件の少女、ロゼとは違った方向性ではあるが、そう、迫力のある女王様タイプの美人、美女なのだ。赤い髪とか、濃い深緑の瞳なんて、とてもじゃないが「アイリス」ではない。むしろ大輪の薔薇、といったところか。陳腐な表現になってしまうのはシオンの語彙が少ないからではなく、実際そうとしか言いようがないくらい、ぴったりだからだ。
アイリスはシオンの雇い主兼保護者のレイン・ノイエ・ヴォルグという男と友人らしい。
なぜ「らしい」という表現になってしまうかというと、アイリスはレインを友人だと言うが、レインはアイリスを腐れ縁の知人としか言わないからだ。付き合いが長いことは確かなようなので、そのあたりの詳しいことはシオンにはよく分からない。何度かレインに訊ねたものの、はぐらかされて終わった。
「で、なんでロゼの話になったんだっけ?アイオスはロゼと話したことってないよね」
「ま、そうね。街の噂で耳に挟んだ程度よ。でもあのコが噂になるってしょうがないでしょ?」
確かに。
シオンは雑巾で床を拭き終えると、新しくお茶を入れ直すことにした。最初に入れたお茶はすっかり冷めてしまったし、話はまだまだ続きそうだ。
薬缶を火にかけ、ティーポットに茶葉を入れた。カップは三つ、三人分だ。
「あら、レインにも入れたげるの?」
「そうだけど、なんで?」
にやにやとアイリスの赤い唇が弧を描く。色っぽい上に様になり過ぎていて、少し怖い。
「だって、ヒュレムの茶葉ってレインの一番好きなやつじゃない。アンタも健気ねぇ……。あんな横暴で理不尽な男に雇われて、それでも逃げ出さないって。今まで持って半年よ?」
「あー……、まぁ、そーだろーね……」
シオンは思わず苦笑した。
もうアイリスの話題は変わったらしい。元々、レインに会いに来ている暇つぶしだから当然と言えば当然なのだろう。
しかし話題が豊富なことだ。
「なのにアンタってば、もう一年になるんだっけ?よく頑張るわ」
「しょうがないよ。それにレインは」
「人の悪口大会か?人様の家でイイ度胸だな」
ギィ、と木の階段が軋む音と共に、二階から不機嫌な声とともに青年が下りて来た。
白皙の美貌、とはこのことを言うのかと、彼と初めて会ったときシオンは思ったものだ。年齢は本人が黙秘(多分面倒なだけ)しているため、正確には分からないが外見から二十代後半から三十代前半くらい。女も嫉妬するほど白い肌、艶やかな黒髪と宝玉のような藍色の瞳。目つきが少々悪いが、それすらも彼の魅力の一つでしかない――――と、シオンは分析している。残念ながら、性格が歪んでいるのと、「美人は三日で飽きる」ではないが、飽きなくても慣れてしまえば特にどうということもなかった。だいたい毎日顔を合わせるのだから、いちいち見惚れていられない。
そんな無駄に美しい彼はレイン、この家の主である。本来なら大人数の人間が住まうであろう小貴族に匹敵する屋敷を一人で所有し、自堕落かつ自分勝手に過ごしている、ある意味羨ましい限りの男だ。詳しくは知らないが魔道に関する仕事をしているらしく、金銭に困ることもないらしい。
しかしシオンは彼が真面目に働いているところなど、見たことがない。研究が仕事なら彼ほど真面目な人間もいないかもしれないが、どう見てもマッドサイエンティストだった。
だから真面目とは認めない。むしろ世の中の真面目な人々に謝れと言いたい。
シオンはこの家で家政婦のようなことをしていた。衣食住に心配はないが、給料は出ない住み込みの職場である。もっとも、彼女にしてみればかなり有難い職場だった。難物の主人の性格も、慣れれば特別気にすることもない。ただ慣れるまでが勝負なのだろうなと思う。なにせシオンが彼のところで働くまで、十八人雇われたと言うが、早ければ一日で使用人たちは逃げ出した。もっとも、――――逃げ出す使用人に罪はない。
「別にー。悪口じゃないわよ?事実でしょうが」
客人を一時間も放って書斎に籠っていた屋敷の主人に、アイリスは軽口を叩く。
「ほう、そうか。だが、たかだか二、三度魔道の実験体にした程度で逃げ出す使用人など使えんな。雇われの身で分不相応にも程がある」
「レイン、アンタそれどんだけ鬼畜発言よ……。多少はシオンの身にもなってあげなさいよ。ただでさえこの無駄に広くてボロい家!掃除だけでも大変よ。おまけに洗濯とか料理とか、アンタ嫁いびりの姑みたいにうるさいじゃないの。もー、シオンったらロゼと同い年とは思えないわよ!」
「……アイオス、それはちょっと、微妙に傷つく」
同い年に見えない、それが否定できないのでシオンも強く言えない。格好といい、顔といい、シオンに十六歳に相応しいものはない。服はいつもグレーのお仕着せ、掃除をすれば汚れるからあまりお洒落はできない。自分で洗濯することを考えると、汚れが目立つ服は着る気が起きなくなるのだ。
顔はやや童顔なせいで二つくらい下に見られることもしょっちゅうだった。髪も伸ばしてはいるものの、邪魔になるからといつも一つに編んでいる。
自覚はある。はっきり言って、ダサい。お洒落さは欠片もない。
買い物に行くのも大体二週間に一度、大量まとめ買いで済んでしまうので、気を使ったりしないのだ。
「シオンがガキっぽかろうとどうでもいいだろう。元がガキなんだ」
「うぐっ」
「アンタねぇ、でも少しはお洒落させてやろうとか、そんな気になんないわけ?」
多少は見栄えも良くなるわよ。その一言がまた、ぐっさりシオンに突き刺さった。
周囲に美形が多いと、こんな時に肩身が狭い。どうせ多少マシになった程度では大差もなく感じられる。せめて、普通の容貌の人々に囲まれていれば、自分の平凡さがまだ目立たなかったものを。美形は美形だけで固まっていて欲しい。
激しく落ち込みながら、きっかり時間を計って煮出したお茶をカップに注いだ。たとえどんなに気落ちしようと、仕事は仕事。全うさせねば。
(くそう、平凡のどこが悪いー!どうせわたしは背は低いし顔も並だよ!)
口に出さないのは出しても肯定されるだけだから。虚しさが胸を過ぎる。
「……お茶」
「地を這うような声を出すな。まったく、当たり前のことで落ち込むな」
「……ロゼの家に行ってきます」
毎日毎日同じことの繰り返しと分かりつつ、毎度同じ心の傷を負うシオンは、自分はやっぱり馬鹿かもしれないと思った。
のろのろマイペースで進む予定です。
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