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【連載版】 ヒロイン大渋滞な世界は、一般人にはつらすぎる  作者: 榎本モネ


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9/19

9、メイドイベント、誤解が深い


 休日。

 学園も生徒会も関係ない、完全な自由時間。

 私はその日、ダンテ様のタウンハウスを訪れていた。


 名目は「婚約者として顔を出す」――それだけ。

 勉強会でも、用事でもない。ただ一緒に過ごすための訪問だ。


 この家に来るのは、これが三度目になる。

 前回は侯爵家の面々との顔合わせ。形式的な挨拶と軽い茶会だけだった。二度目はダンテ様に誘われて勉強会を二人で行い、今日はもっと私的な時間として招かた。


 玄関をくぐると目に入る、その落ち着きながらも豪華な装飾に「お金がかかっている……」とあらためて思う。

 前回の訪問で私がそう言ったら、ダンテ様は苦笑してたっけ。

 

「フィオリーナ様、いらっしゃいませ」


 出迎えたのは、一人の若いメイドだった。たぶん、私たちと同じぐらいの年頃。

 淡い栗色の髪をお下げにしていて、顔も可愛い。


 ――あ。


 この時点で、なんとなく察してしまった。


「こんにちは。今日はお邪魔しますね」


 そう返すと、彼女は一瞬だけ、私の胸元に視線を落とした。正確には、ダンテ様から贈られたゴールドのブローチに。


「……どうぞ。ダンテ様は、応接室にいらっしゃいます」


 “ダンテ様”。

 そう呼ぶ声が、少しだけ柔らかい。

 ああ、なるほど。私は内心で、ため息をついた。


 メイド系ヒロインかぁ……。


◇◇◇


 応接室で待っていたダンテ様は、いつもどおりだった。

 ラフな服装だけど、姿勢は崩れていない。


「来てくれてありがとう。フィオリーナ」

「こちらこそ。休日に押しかけてしまって」


 他愛もない会話。けれど、ダンテ様はどこか落ち着かない様子だった。

 視線が、時々、扉の方へ向かう。


「……何か気になりますか?」

「いや。気になるというか……」


 言い淀んだところで、扉がノックされた。


「お茶をお持ちしました」


 先ほどのメイドが、トレイを持って入ってくる。

 完璧な所作。けれど、私の前にカップを置くときだけ、ほんの一瞬、手が止まった。


「……素敵なブローチですね」


 ぽつり、と。


「ありがとうございます。婚約の記念にいただいたんです」


 正確には護身用に贈られたものだけど、婚約をきっかけに贈られたものであることは間違いない。

 私の言葉を聞いて、彼女は一瞬だけ目を伏せ、それから微笑んだ。


「……とても、お似合いです」


 その瞬間、ブローチが熱を持つ。

 ……あー、発動してるわ。


 私の笑顔の引きつりに、ダンテ様も気づいている。

 厳しい表情でメイドを見ていた。 





 それからの時間は、穏やかなようで、そうでもなかった。


 メイドは必要以上に部屋に出入りした。

 紅茶のおかわり、菓子の追加、窓の調整。理由はいくらでも作れるらしい。


 その間、視線は何度もダンテ様に向けられていた。熱を帯びた、けれど触れられない距離の視線。すごいな、と素直に感心してしまった。


「ダンテ様は、昔からお優しくて」

「お怪我をなさった方を見ると、放っておけないんです」

「身分に関係なく、誰にでも分け隔てなく――」


 “彼はそういう人です”

 “私はそれを一番近くで見てきました”

 “あなたより、ずっと前から”


 言外の主張が、あまりにも分かりやすいので、私は自分の目が死につつあることが分かった。

 彼女はきっと、「両片思いだけど、身分が違うから諦めている可哀想な私」という立ち位置に、自分を置いている。もしかしたら、心からそう思っているのかもしれない。


 ……けれど。


 私はちらりと、ダンテ様のほうを見る。

 ダンテ様はというと、明らかに状況を把握しきれていない顔をしていた。困惑、というより、「なぜこの流れになっているのかわからない」という白い目だ。

 たぶん、このメイドからのアプローチに気づいていてはいたのだろう。だから、下手に干渉してほしくなくて、彼女以外の使用人に来てほしいと思って扉を見ていたんだと思う。


「……あの」


 ついに、彼女が踏み込んできた。


「フィオリーナ様は、ダンテ様のことを……その……」


 そこで言葉を濁す。「身を引く健気なヒロイン」の自己演出が、これでもかと詰め込まれていた。

 私は、少しだけ首を傾げた。ブローチが、静かに精神干渉を弾いているのがわかる。


「大切な婚約者だと思っていますよ」


 それ以上でも、それ以下でもない事実。ダンテ様に視線を送ると、彼ははっきりと言った。


「君は侯爵家に雇われた、ただの使用人のはずだが、それはどういった意図で俺の婚約者に聞いてるんだ?」


 逃げ道を与えない言い方だった。メイドは、はっと息を呑む。少しうるんだ目は、なんだか悲劇のヒロイン感を頑張って出しているように見えた。


「……私は、ただ」

「先ほどからの言動も不愉快だ」


 ダンテ様は、私の方を見た。


「もう来なくていい。業務に戻れ」


 それだけ。でも、その一言で十分だった。

 メイドはひどく傷ついた表情で部屋を辞した。


◇◇◇


「……あのメイド、やけに馴れ馴れしいから、俺の部屋付きから外してもらったんだ。

 なのに、こうやって関わってくるんだから、本当に鬱陶しい」


 すごく疲れた顔で言うダンテ様。彼の背中をちょっと撫でて慰める。


「うーん。もしかして、ダンテ様の家も、何かの乙女ゲームの舞台なのかもしれないですね」

「は?」

「長男のダンテ様、双子の弟2人、やけにイケメンな執事長……あとイケメンって誰かいます?」

「……うーん。たしか、見習い料理人が顔が整っていると聞いた気が……」

「じゃあ、その5人が攻略対象なのかもしれないですね」

「嘘だろ」


 絶望しているダンテ様。学園のゴリラ戦線に疲れているのに、自宅でもゴリラに絡まれるのか……と肩を落としている。


「……今度から、休日に会うときは外が私の家にします?」

「――ぜひ」


 やけくそな笑顔を返されて、さらにダンテ様が不憫に思えた。







 帰り際。

 ダンテ様がに玄関まで見送ってもらう。


「お邪魔しました」


 貴族の令嬢らしく、にっこりと笑顔で別れの挨拶をすると、ダンテ様は少し口元をまごつかせた。


「……フィオリーナ」


 それから、少しためらったように間を置いて、再び口を開いた。


「今度から、愛称で呼ばせてほしい」


 直球だった。でも、照れや迷いが、隠しきれていない。

 私は、少しだけ驚いてから、微笑んだ。


「はい、もちろん」


 それだけで、彼は目を見開いた。そして、ゆっくりと、


「……リーナ」


 噛み締めるように、そう呼んだ。

 胸の奥が、静かに温かくなる。派手な事件も、劇的な告白もない。でも、確かに一歩、前に進んだ。


 そんな休日だった。




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