8、図書館イベント、油断禁物
私はメロディ。乙女ゲームの攻略対象者、騎士団長の息子ダンテ様の婚約者になったリーナの友達である。
普段はリーナと行動を共にしてるけど、今日は学園のない休日だ。私はタウンハウスから街へ出て、図書館で本を読むことにした。
リーナは錬金術が大得意なので、私も彼女のその知識と技術に授業中助けられている。その一方で、リーナは魔法法規学が苦手だ。
魔法法規学は魔法・錬金術の使用制限や事故責任・賠償義務などを定めた法律について学ぶもので、がっつり暗記系。錬金術というファンタジー要素のものは大好きなリーナだが、彼女自身は感覚派なので、がっつり理論・理屈っぽいものは苦手らしい。
近々行われるテストに向けて、リーナに教えられるよう、参考文献・資料とにらめっこ。ノートにポイントを書き込み、勉強会でリーナに教えられるように丁寧にまとめる。
この世界は魔法あり冒険ありの世界観なので、図書館といっても、ただ本があるだけではない。まるで泡のような、月のような明かりがあちこちで煌めており、空中には本が舞っている。訪問者ひとりにつき1体の書架精霊が付き、訪問者の希望を叶える本を持ってきてくれるサービス付きだ。
図書館にいるだけで、ファンタジーな世界観を堪能できて、テンションが上がる。
「ねぇ、ちょっといい?」
図書館特有の、静かな時間を壊す声に顔を上げる。目の前には、獲物を狙うかのような目つきの女性がいた。……たぶん、同い年ぐらいの子だと思う。
「あなたってフィオリーナの友達でしょ?」
──はい、来た。
お約束すぎるテンプレ展開に、思わず心の中でため息。
この手の突撃は、リーナがダンテ様と婚約してから、何度も受けてきた。思いっきりため息をつきたい気持ちを抑えて、目の前の彼女に言葉を返す。
「たしかリーナとは友達ですけど。あなたは、どちら様ですか?リーナの友達?」
絶対にリーナの友達ではないとはわかっているが、「フィオリーナ」と呼び捨てにしているので、念のため、そう聞いてみた。
しかし彼女は眉をひそめ、先ほどよりも大きな声で返してくる。
「そんなわけないでしょ!」
「じゃあ、リーナの友達じゃない貴女は、リーナの友達の私に何の用ですか」
ため息をつき、肩をすくめながらも、私は無表情を保つ。
苛立ったような様子で、彼女は私を見下すかのように睨んだ。
「あの子の近くにいるなら、ダンテ様のこと、良く知ってるでしょ!
情報を頂戴」
「なぜ?」
「そんなのわかってるでしょ!私がダンテ様と恋人になるからよ」
自信満々にそう言う目の前の少女に、自分の目が座ったのが分かった。
ダンテ様と恋人に?そんなわけないでしょ。
リーナはわかってないみたいだけど、ダンテ様は明らかに、リーナに惚れてる。さりげなくいつもリーナの隣に立とうとするし、手に触れたり頭を撫でたりと接触が頻繁だ。
ダンテ様にお願いされて、転生者仲間としてほだされた…とリーナは言ってたけど、あれは狼の罠に引っかかったうさぎとしか思えない。
そんなとき、ふと視界に見慣れた人物が入ってきた。
「ねえねえ」
そう言いながら歩いてきたのはロメオ様。
銀色の髪は光に当たって揺れ、半分眠そうな瞳の奥には、鋭さがちらりと光っている。
「面倒に巻き込まれてるね」
彼は肩をすくめ、軽く笑った。
「いるなーと思ってたんだけど、急に絡まれ出したからさ。
あれー?と思って来ちゃった」
「……ロメオ様」
目も前の少女は、ロメオ様を見て青ざめてる。ダンテ様を好きなら、その友達で一緒にいることが多いロメオ様をもちろん把握しているだろう。
なんなら、ロメオ様も攻略対象者だし。
「あれー君さ、俺と同じ魔術科の子だよね?」
「!私のこと、ご存じなんですか?」
ちょっとメンタルが復活したらしい。ロメオ様に覚えられている、という事実に胸を高ならしているようだ。
「いっつもほんわか系で男子生徒を侍らせてるから、図書館で怒鳴ってるの見ても遠目でわからなかったわ。
そっかーこういう性格の子だったんだねぇ」
「っつ」
ロメオ様の鋭い言葉に、ひゅっと息をのむ女の子。体がちょっと震えてる。
……あ、そうだわ。聖母系おっぱいぽよぽよあらあら系ヒロインの子だ。
遠目からしか見てなかったから、顔見てもわからなかった。
「ところでさー。通知が来たけど、反応的にそんな大掛かりなものじゃないから、放置でいいかなー?」
私に対してそう言うロメオ様の声は軽い。
その言葉を受けて、私はハッとした。通知ってことは、リーナに何かが起きたんだ!
「いや、気のせいにしちゃダメでしょ!」
思わず突っ込みが出てしまう。ガタっと腰を浮かせると、ロメオ様は「まあまあ」と言って、私の肩を押して椅子に座らせた。
「大丈夫大丈夫。今日はダンテの家に行ってるはずだし」
そう言ってロメオ様は肩をすくめる。
たしかに週末、「休日にダンテ様の家に行くの」とリーナがそわそわしていたな、と思い出して、私は肩の力を抜いた。
そんな私を満足げに見ていたロメオ様は、はたっと急に思い出したかのような顔をする。
「あれ、君まだいたの? 邪魔なんだけど」
ロメオ様の冷たい一言。その言葉を受けて怯んだ彼女は、完全に矛を収め、足早に退場していった。
その背を見送り、私は小さく息をつく。
「……ロメオ様、ありがとうございます」
「えー、気になって来ただけだよ?」
「それでも、貴方のおかげで、助かりました」
興味本位で来てくれただけかもしれないけど、それでも彼の行動に助けられた。
しっかりとお礼を言うと、彼は目をぱちぱちと動かしている。
「それにしても、人間ってわからないね。
まあ、二面性があるのが人間だけどさー」
「二面性があっても、人に迷惑をかけなければいいのでは?」
「二面性推奨派?」
「推奨というより、処世術としてあってもいいのではないかと思いますけど」
「処世術……うーん。社会を生き抜くためにはしょうがないよね、ってこと?」
ガタっと椅子を引いて私の隣に座ったロメオ様は、肩肘をついて、まるでぼやいているかのように言葉を出している。そんな深く考えているような様子はない。ただただ、会話をつなぐように言葉を発しているような雰囲気だ。
「全員が本音だけで話してたら、世の中めちゃくちゃになりますよ」
「へーたとえば?」
「世界は涙と悲鳴に溢れて、正直な人から、順番に壊れていくと思いますよ」
「それって、嘘を肯定してる?」
「いいえ。私は、みんなが強いとは思っていません。
だからこそ、言わなくていい本音もあるし、知らなくていい真実もあると思っています」
その言葉に、机を指で叩いていたロメオ様の動きが止まった。
そして、一瞬の間。
「……それ、綺麗事じゃないんだ」
「はい。現実的な話です」
淡々と答えたつもりだった。
でもその瞬間、ロメオ様は小さく息を吐いて、困ったように笑った。
「君さ、人を見る目があるよね」
「そうですか?」
「うん。人間を、ちゃんと“弱い生き物”として見てる」
ロメオ様は遠くを見るように、視線を宙に泳がせる。
「俺はさ、面白いかどうかで全部見てた。
壊れるかどうかなんて、あんまり考えてなかった」
そして少しだけ、自嘲気味に笑う。
「けっこう残酷だよねぇ。
まあ、俺は楽なんだけどさ」
そんな彼の姿に、私は自然と言葉が出ていた。
「……自覚があるなら、大丈夫だと思います」
「なんで?」
「本当に危ない人は、自分を疑いませんから」
沈黙が落ちる。
ちょっと踏み込みすぎたかな、とドギマギしていると、間を開けて、ロメオ様は小さく笑った。
「いやー。今日は予想外な日だな」
――あ。
今、何かが変わった。
そう思ったのは、きっと私だけじゃない。
ロメオ様はしばらく黙ってから、ぽつりと呟いた。
「妙に納得しちゃった。
……本当に、面白い子だね、メロディ」
私に向ける視線は、どこか温かくて。
その声音は、さっきまでとは少し違っていた。
帰り道、私はロメオ様と並んで歩きながら、彼をちらりと見上げた。
ロメオ様は彼は何事もなかったかのように歩いている。
……本当に、読めない人だなぁ。
私は小さく笑う。
こんな日になるなんて思っていなかったけれど、悪くない、と素直に思えた。




