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【連載版】 ヒロイン大渋滞な世界は、一般人にはつらすぎる  作者: 榎本モネ


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7、日常イベントって、怖い



 朝、学園の空気はいつもより少しだけ重いように感じる。

 それは、先日の学園創立記念日の合同行事で起きた狂乱……ゴリラ戦線の“成果”が静かに広まりつつあるせいかもしれない。


 私は自分の席に座り、深く息を吐いた。


「……今日も、あのゴリラたちが何かやらかすのかな」


 小さくつぶやくと、隣に座るメロちゃんは、軽くため息をつきながらも笑みを浮かべた。


「大丈夫。何かがリーナに起きても、そのブローチが守ってくれるって」

「……慰めにならないよ、メロちゃん」


 メロちゃんは、ほんの少し肩をすくめた。

 私の胸元に飾られたゴールドのブローチ。その花輪にいくつか散りばめられた宝石は、今日も静かに光を放つ。見た目は可愛い装飾品そのものだが、これまでの実績からすると、とても怖い代物だ。

 そんな私の思いとは裏腹に、その日は何事もなく終わった。ゴリラに呼び出されることも、ゴリラが近づいてきて、青ざめて去っていくこともなく。


「……意外と、静かに終わった」


 私がほっと一息をつくと、隣にいるダンテ様は訳知り顔で頷く。


「ゴリラたちは、攻略対象の関心を惹こうと躍起だからな。フィオリーナ嬢に向かってくる余力がなかったんだろ」

「え?それって、これまでと一緒ですよね?」

「いや、今回は今までと違う」

「どう違うんです?」


 侯爵家御用達のカフェ「ステラ」おすすめの、星空クリームソーダを口に含む。見た目も銀河みたいで可愛い。

 このカフェの素材は錬金術が使用されているらしい。こ水色とも青とも銀ともとれる不思議な色味の煌めくソーダは、錬金術によって生まれた副産物を使用したことで実現した色味らしい。


「この間の学園創立記念日の混乱を受けて、生徒会メンバーで反省会をしたんだ。

 その結果、過度な善意・善行はやめて、常識的な範囲で対応することを決定した」

「――つまり?」

「攻略対象者が、乙女ゲームイベントに乗るのがかなり減った」


 ゴリラたちは思い通りに発生しないゲームイベントをなんとかクリアしようと、攻略対象者たちの周囲をうろつきまくっているらしい。

 なるほど、と納得して、バニラアイスを口に運んだ。




 次の日、図書室を出て少し進んだ曲がり角の先で、なんだか念仏のような声がした。

 何事?と思って、角から少し顔を出す。


「私はモブ……私はモブ……」


 声の主は小柄な女の子。髪を軽くまとめた三つ編みおさげに、丸眼鏡をかけていた。よく見ると可愛い顔をしている……気がする。あんまりしっかりと見えないけど。

 そう彼女を観察していると、必死に体を小さくして身を潜めている様子は、小動物を想起させた。

 「きらきらしたイケメンは心臓に悪い…怖い……」とつぶやく姿は、どこかほほ笑ましい。


 なるほど、以前見かけた「自分はモブだから、関わらないで!」と叫んでいる女の子とは別の、モブ系ヒロインらしい。

 どこか怯えたように慎重に歩みを進めている彼女に対して、逆に周囲はハラハラとした視線を送っていた。目立たないように、と意識しているようだが、その姿は逆に視線を集めている。

 

 そんな彼女にも、学園の日常イベントは容赦なくやってきた。

 ぶつかる音とともにドサドサッと教科書を落とす音。


「あ、悪い!」


 モブ系ヒロインに肩がぶつかってしまった男子生徒は、慌てた様子で謝り、そのまま走って行ってしまった。よほど急ぎの用があるらしい。

 彼女は瞬間的に身をかがめ、そっと自身の教科書を拾おうとしている。


 そこを通りかかった第2王子ウィリアム殿下。心配そうに一瞬視線を投げかけ、しかし特に介入せず、踵を返した。

 宰相の息子アルフレッド様は、彼女の姿を遠目から見て、進路を少し変えて現場への遭遇を避ける。


 彼らの表情から、一瞬、彼女に手を貸そうとして、ハッとして自分を戒めたのが見て取れた。何なら、一歩彼女の方に踏み出そうとして、「あ」と言わんばかりに足を別の方向に向けていた。

 なるほど、先日の反省会?によって、行動を自制したらしい。


 そんな姿を目に入れつつ、私は彼女に近寄った。


「大丈夫ですか?これ、どうぞ」

「あ、ありがとうございま……す」


 散らばった教科書を拾い上げて差し出すと、彼女は嬉しそうに顔を上げた。そして、私であることを認識し、ギョッとしたような表情になる。

 そりゃそうだ。私は、彼女が避けたい攻略対象のひとり、騎士団長の息子ダンテ様の婚約者だ。彼女的には関わりたくない相手だろう。

 それはわかっていたけど、あまりにも悲惨な感じで教科書やら紙やらノートやらが散らばってしまっていたので、つい助けてしまった。


「これで全部ですね」

「手伝っていただいて、ありがとうございました!」


 私に頭を下げる彼女は、本当にいい子なんだろう。メロちゃん以外で、まともな転生者仲間と出会ったことがなかったので、妙に喜ばしく思う。

 とはいえ、ゴリラ戦線の爆心地にいる私と親交を深めるのは、彼女としては避けたいところのはず。

 それがわかっているので、私もこれ以上の接触は止めておこう、と心に決めた。


「気にしないでください。じゃあ、私はこれで」


 そう言って、私がその場を立ち去ろうとしたとき。廊下にビュン!と風が吹いた。


「イアン様――!」


 ピンクの髪が揺れ、華奢な体から元気があふれ出す。彼女は周囲の視線を意に介さず、にこやかに声をかける。


「大丈夫ですかー!」


 彼女が走っていった廊下の先では、大富豪の息子イアン様が荷物を廊下にばら撒いていた。なるほど、あちらでも日常イベントが発生していたらしい。

 周囲の生徒がその荷物を拾うのを手伝っている中に突撃していった彼女は、きゅるん!とした表情と仕草でイアンに話しかけている。

 イアン様は、「うん、大丈夫」と返すと、手伝ってくれた生徒たちにお礼を言って、すぐに立ち去った。その背を追って、イアン様に話しかけるゴリラ。そこにさらに別のゴリラが加わり、すごいことになっていた。


 その光景をモブ系ヒロインと一緒に見守る。


「……日常イベントって、怖い」


 ぼそり、と呟いた彼女に、私もつい言葉を返した。


「日常イベントが頻発したら、非日常が日常になってしまうものなのね……」





「え?」

「あ……」








 その日の夜。私は日記を開いて、そっと書き込んだ。


――

攻略対象は善行を自制。

誰も傷つかず、誰も恨まず。

私には、新しい友達ができた。

――


 ゴリラ戦線は、今日も平常運転である。



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