6、生徒会役員による、地獄の反省会
その日。生徒会室の空気は、重かった。
重苦しい、というより、疲労が沈殿している、と言ったほうが正確だ。
「……さて」
長机の中央に座る第2王子、生徒会長ウィリアムが口を開いた。
「昨日の行事についてだ」
王子らしい、まっすぐな声。
けれど、いつもの朗らかさは少しだけ削れている。
「正直に言う。俺は、やりすぎた」
開幕から自白である。
その瞬間、室内の数名が一斉に目を逸らした。
「……殿下、それは」
隣に座るアルフレッドが、眼鏡を押し上げながら言葉を挟む。
彼は、宰相の息子にして、生徒会の副会長。
顔色は――はっきり言って、あまり良くない。
「“やりすぎた”というより、殿下は殿下として、当然の行動をなさっただけかと」
「そう言われると余計につらい」
ウィリアムは、天を仰いだ。
「助けを求められたら、無視できないだろ」
「それは……ええ」
「転びそうな生徒がいたら、手を伸ばすだろ」
「それも……ええ。それはそうですが……」
ひとつ、息を吐く。
「そうこうして、転倒対応や道案内、相談、付き添い……23件を対応した、と」
「混乱したまま対応し続けたら、さらに混乱した」
「そうでしょうね」
淡々とした応酬。
だが、アルフレッドの声には、わずかな疲弊が滲んでいた。
「俺が悪かった。“助けるべき場面”と、“全体を見るべき場面”を、混同した。
結果、周囲を疲弊させた………。生徒会長として、失敗だ」
「殿下……」
アルフレッドが何か言いかけて、やめた。
代わりに、ぱん、と明るい音が鳴る。
「まあまあ!」
音の主は、会計のイアンだった。
大富豪の息子。明るく、人懐っこく、今日も元気。
「殿下が落ち込むと、場の空気が重くなりますよ!
次に活かせばいいんですって!」
「前向きだなぁ、イアン」
ウィリアムにそう言われ、イアンはにこっと笑った。
「俺なんてさ、応急処置やら物資対応、差し入れ……途中から、誰が誰だか顔と名前が一致しなくなって、番号で数えてたし」
あっけらかんとそう答えるイアン。なかなか酷いことを言っている。
「やめようと思えばやめられたけど、困ってる顔が嫌いだから、やめなかった。
でも、殿下は王子としての責任感で投げ出せなかったんでしょ?」
まあ、その結果、場は混乱しちゃったけどねーとまとめる。
イアンの言葉を聞いていたアルフレッドは、自身の反省点も吐き出そうと、眼鏡を上げた。
「相談、問い合わせ、進行確認、教師対応……昨日、私が対応した件数は40件を超えています。
しかも、相談内容は全て“誰にも言わないでほしい相談”です」
「そりゃ脳も焼けるわけだ」
「複数人から同時に内密な相談を持ち掛けられるなんて、想定外にもほどがあります」
眼鏡の奥の目が、遠い。
「私は一人しかいないんです……耳は右と左だけ。
……同時に話しかけないでほしい」
一瞬、沈黙。
次の瞬間、イアンが吹き出した。
「それ、昨日何回か言いかけてたよね?」
「途中で諦めてたよな」
しみじみとしたダンテの発言に、アルフレッドは肩を落とす。
「処理能力には限界があります……私は魔術師ではありません」
その言葉を受けて、ロメオが肩をすくめた。
「残念。魔術師でも無理だよ」
アルフレッドは、深くため息をついた。
そして、気を取り直して、他人事のような顔をしている2人に話を振る。
「最後に、ダンテ、ロメオ」
書記を務めているロメオが、だらっと手を挙げる。庶務を担うダンテはため息をついた。
「はーい。楽しかったよ」
「反省会です」
「え、反省してるよ?
“同時発生は想定以上でした”って」
「俺も、多少てこずった面はあるが、自分の範囲内では対応できた。
人が多いなら、走り回れば何とかなると思ってたし」
ダンテの振り返りに、イアンがケラケラと笑った。
ロメオは、指で机を叩く。
「結論を言うとさ。全員、悪くない。
ただ――問題は、個々の対応ではないと思うんだよね。
放っておいたら、もっと酷いことになってたよ」
ロメオの言葉を受けて、ウィリアムはこれまでの話をひとことにまとめた。
「俺たち全員が“処理役”に回りすぎたな」
反省会は、結論に向かっていく。
次回は、人の流れや役割を分散する。
「何でも生徒会に聞くな」という導線を作る。
過度な対応や善行は行わない。善意は今の状況では極力減らす。
「つまり」
ロメオが、にやりと笑った。
「もう、あんな面白い地獄は見られないってこと?」
「見られなくていい」
全員、即答だった。
会議が終わり、椅子を引く音が重なる。
イアンが、ぽつりと言った。
「……俺たち、仲いいよね」
アルフレッドがそれに対して肩をすくめた。
「地獄を一緒にくぐった仲ですからね」
ふむ、と納得したようにウィリアムが零す。
「これが、青春というやつか」
ダンテは、心の中でだけ答えた。
(違う。これは修羅場だ)
それでも不思議と、悪くないと思ってしまうのだった。
なお――
翌日から、生徒会役員の間では、
「助けすぎ禁止」
「相談は時間指定」
という、謎の内部ルールが増えたらしい。
ゴリラ戦線は、今日もどこかで静かに続いている。




