5、乙女ゲームイベント、同時多発
その日は、朝から学園の空気が妙にざわついていた。
理由ははっきりしている。
学園創立記念日の合同行事――つまり、人が多くて、自由度が高くて、イベントが起きやすい日だった。
「……嫌な予感しかしない」
中庭の端で、私はぼそっと呟いた。
「顔、死んでるわよ」
隣ではメロちゃんが、いつもの調子で言う。
「今日は人が多すぎる。
こういう日はね、乙女ゲーム的な何かが絶対起こるわ」
「言い方」
私にそう突っ込んでから、メロちゃんは、ぐるっと周囲を見回した。
「……攻略対象が、全員いる」
いた。
第2王子、ウィリアム様。
宰相の息子、アルフレッド様。
大富豪の息子、イアン様。
さらに、各ヒロインの幼なじみポジションたち。
そして、騎士団長の息子のダンテ様と魔術師のロメオ様。
勢ぞろいである。
「密度が高すぎない?」
「ええ。
イベント密度が現実を舐めてる日ね」
メロちゃんの評価は辛辣だった。
そして、最初に起きたのは、王道中の王道。
「きゃっ!」
軽い悲鳴。
振り向けば、階段で足を滑らせた女生徒を、第2王子が支えていた。
王子は爽やかに微笑み、女生徒は真っ赤。周囲がざわつく。
ここまでは、この学園でよく起こるイベント。
問題は、その三秒後だった。
「きゃっ!ごめんなさい、アルフレッド様!」
別方向から声がして、今度は宰相の息子が女生徒とぶつかりそうになっている。
「危ないですよ」
ほぼ同時刻。
さらに。
「血、出てるぞ」
ハンカチを差し出す大富豪の息子。
「迷子になっちゃって」
各ヒロインに迷子イベントを発生させている幼馴染枠。
――ちょっと待って。
「多くない?」
「多いわね」
メロちゃんが即答する。
そして、私たちは気づいた。イベントが、同時に起きすぎていると、何が起こるのか。
一番分かりやすく疲弊し始めたのは、男性陣だった。
各ヒロインに一人しかいない幼なじみ枠はまだいい。
第2王子は、5人目のこけそうな女生徒を助けて目が泳いでいる。
宰相の息子は、「ちょっといいですか。相談があって」と4人目の女生徒に呼ばれ、目を回し始めている。
大富豪の息子は、もうハンカチの予備がない。
もちろん、挙げたイベントだけでなく、さまざまな種類のイベントが、彼らに降りかかっている。学園行事は乙女ゲームのイベントの宝庫だ。
とにかく、男性陣の精神が限界に近いのは伝わってきた。
そこへ、ダンテ様が歩いてきた。彼も、さまざまイベントに巻き込まれたらしく、疲れた表情をしている。私と婚約して、イベントが少しは減ったらしいが、それでも今日はすごかったようだ。
ダンテ様は一瞬、視線を走らせる。
王子の位置、宰相息子の動線、人の流れ、教師の配置。
「……これ以上放置すると、混乱が拡大するな」
静かに、そう言った。
「え?」
私が声を上げる前に、ダンテ様はすでに動いていた。
まず、教師の一人に声をかける。
次に、行事の進行表を確認。
人が集中している場所を避けるよう、自然に誘導。
気づいたら、人が散っている。
「……今、何したんですか?」
「事故防止だ」
即答だった。
「今日は、人と人が接触しすぎている」
「それで?」
「人が多いとトラブルが起きやすい。それなら、接触できる機会をそもそも減らす」
何を言っているのか分からないけど、納得してしまう説得力だけはあった。
「もったいないなぁ」
聞き慣れた、気だるげな声。
ロメオ様だった。
「このまま放置してたら、もっと面白いことになってたのに」
そう言うロメオ様も、他の攻略対象者たちと同様に、様々なイベントに引っ張りだこだったようだ。
いつもよりも、雰囲気がヨレっとしている。それでも、面白いことを求めている姿が、らしいといえば、らしいと言える。
「面白さより安全だろ」
ダンテ様は、即座に切り捨てる。
「君、ほんとにそういうとこだよね」
ロメオ様は肩をすくめる。
その視線が、ちらっと私に向いた。
「それにしても、君、中心地にいるはずなのに、何もしてないね」
「いや、それは違いますよ」
別に中心地にいるわけじゃ……いや、ダンテ様の婚約者の立場は騒動の中心地になる?とちょっと考えてしまった私が何か言う前に、隣から冷静な声が飛んだ。
「リーナは“何もしない”んじゃなくて、“動かないことで盤面を崩さない位置”にいただけです。
下手に関わったら、面倒ごとが増える状況でしたし」
淡々とした分析だった。
ロメオ様は、一瞬きょとんとした顔をしてから、面白そうに目を細める。
「……へえ、それ、君の見解?」
「そうですけど」
メロちゃんは、肩をすくめた。
「状況的に、関与しないのが最適解でした。リーナは被害担当なので」
「被害担当って」
思わず突っ込むと、ロメオ様が小さく笑った。
「君、名前は?」
「……メロディです」
一瞬だけ間が空いて、ロメオ様は満足そうに頷く。
「覚えた」
結局。学園行事は、何事もなく終わった。
少なくとも、表向きは。
しかし、翌日。
「聞いた?」
「昨日、ダンテ様、ずっと忙しかったらしいわよ」
「何人も助けてたとか」
「色んなトラブルが起きてたらしいし」
「フィオリーナ様、裏で糸引いてる?」
噂が、また変な方向に進化していた。
「私は見てただけなのに……」
「“見てただけ”が一番怪しく見えるのよ」
ぼやいた私に対して、メロちゃんが、しみじみ言った。
その日の夜。
私は、日記を開く。
――
本日の学園行事。
イベント多数同時発生。
私は何もしていない。
ダンテ様が全部潰した。
なぜか首謀者扱い。
――
ページを閉じて、ため息をつく。
ゴリラ戦線は、本日も異常なし(異常)。




