表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】 ヒロイン大渋滞な世界は、一般人にはつらすぎる  作者: 榎本モネ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/19

4、ゴリラの初手は、正面突破お涙頂戴



 一週間後、学園の空気が一段階だけ騒がしくなった。

 正確に言うなら、私の周囲だけ。


「ねえ、聞いた?」

「フィオリーナ様の件?」

「そうそう。泣かせたらしいわよ」

「何か圧を感じたらしいけど」

「やっぱり悪役令嬢……?」


 訂正する余地が一切ないのがつらい。いや、悪役令嬢ではないけども。


 昨日の出来事を、きちんと思い返してみる。


「フィオリーナ様」


 中庭。昼下がり。

 私はベンチで本を読んでいただけ。


 そこに、ヒロイン(ゴリラ)ご一行が来た。

 主役のヒロイン(ゴリラ)は、友人を2人ほど従えていて、本人はすでに目に涙を溜めていた。

 早い。展開が早すぎる。


 私の脳内で、どこか冷静な声が鳴る。

 イベントだ。しかも、正面突破お涙頂戴型。でも、乙女ゲームというよりも少女漫画な気もする。

 まあ、一般的な乙女ゲームのイベントを全部知っているわけではないから、こういう友達と一緒に!みたいなイベントもあるのかもしれない。


「少しお時間、いただけますか」


 右側の子が、きっぱりと言った。

 泣きそうな本人ではなく、付き添いの友達が前に出る構図。


 ああ、なるほど。

 これは一人で来るよりも、かなり完成度が高い。


「……あの」


 と、私が言う前に。


「ダンテ様に近づくの、やめてください!」


 先鋒は友人Aだった。

 ちょっと待って。近づくのをやめろってどんな話?


「私たち、ずっと見てきたんです!」

「ダンテ様、フィオリーナ様と過ごしていると、とっても辛そうに見えます!」


 ちなみに、私とダンテ様が初会話をしてから10日ほどしか経っていない。

 その間、ヒロイン(ゴリラ)はというと。


「……っ、ひっ……」


 完全に泣いている。もう泣いている。

 まだ何も起きていないのに。

 泣き声は、ほとんど聞こえない。でも、その分、余計に可哀想に見えるのがすごい。


「この子、ずっと、ダンテ様のことが好きだったんです」


 友人Bが、はっきりと言った。


「入学した時から」

「でも、自分の立場も分かっていて」

「身の程も弁えていて……」


 友人AとBが、中央のヒロイン(ゴリラ)の心情を代弁してる。

 友人たちが、感情を丁寧に言語化していく横で、本人は泣く担当らしい。


「……ええと」


 私は何か言ったほうがいいのだろうか。

 丁寧に作りこまれた被害者ムーブに、どうするべきか対応に困ってしまう。


 友人Aがキッと私を見て言う。


「ただ、想っていただけなんです。

 それなのに、急に婚約の話が出て…」


 友人Bが中央のヒロイン(ゴリラ)を慰めながら、私を見た。


「私たちは、責めたいわけじゃありません。

 ただ、彼女の気持ちを、知ってほしくて」


 それが合図のように、中央のヒロイン(ゴリラ)が、ゆっくり顔を上げた。

 涙で赤くなった目。

 震える唇。


「……っ」


 一度、息を吸って。


「……ダンテ様のこと」


 声が、掠れる。


「私の方が……私の方が、先に好きだったのに……!」


 堰を切ったように、涙が落ちる。

 友人Bが、すかさず支える。


「ね、だから」

「フィオリーナ様も、分かりますよね?」


 分かりますよね、という言葉。

 それは質問じゃない。

 “身を引くべきだ”という、圧だ。


 ――でも、私が引く理由には、ならない。


「婚約は、私一人の意思で決まったことではありません」

「……っ」


 その瞬間だった。

 泣いていたヒロイン(ゴリラ)の表情が、変わった。

 驚いたように目を見開き、一歩、後ずさる。

 私を見ているというより、自分の内側を見ているような目だった。


「……え?」


 友人Aが、戸惑った声を出す。


「どうしたの?」


 友人Bが支えようとするが、彼女は、ふるふると首を振った。


「私……私、なんで……」


 言葉が、続かない。

 言葉にできない違和感に、混乱しているように見えた。


「ごめんなさい……!」


 絞り出すように言って、彼女は、そのまま踵を返した。

 泣きながら、走っていく。


「ちょっ……!」


 友人2人が、慌てて後を追う。

 取り残されたのは、私だけ。


「……一体、何があったの」


 呆然とその背を見送る。

 そして次の日には、もう噂が広がっていた。





 その日の午後。私はダンテ様に誘われて、メロちゃんとロメオ様とともに、侯爵家御用達のカフェへ来ていた。個室なので、話を聞かれることがないらしい。


「――で?何があったんだ?」

「本を読んでいました」

「それだけ?」

「それだけです」


 ダンテは少しだけ眉を寄せた。


「……それで、泣かれた?」

「泣いていました。最初から」

「なるほど」


 女心はわからない…と遠い目をするダンテ様。

 その隣にいるロメオ様は、相変わらず、眠そうな顔だ。


「昨日の昼、俺のところに通知が来たし、そこで何かあったんでしょ」

「通知?」


 何の通知だ。私が疑問を返すと、2人は、顔を見合わせた。

 そして、ロメオ様が面倒そうに説明する。


「そのブローチ、一定以上の感情干渉とか、精神負荷が発生すると、俺に知らせが来る」

「……初耳です」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてません」

「まあ、聞いてないよね」


 そのままロメオ様は「昨日は実習で外に出てたから、通知が来たけど、重要度が高くなさそうな通知だったし、まあいっかなぁと思って放置した」と悪びれもせず言う。

 ダンテ様が、軽く咳払いした。


「……想定外の事態に備えてだ」

「フィオリーナ嬢の判断力を鈍らせるような状況が発生した場合、把握できるようにしている」

「判断力……?」


 そこで、ふと思い出す。


「……そういえば」


 口に出すと、2人が、こちらを見た。


「私、あの時、いつもより、感情に引っ張られなかった気がします」


 泣いている相手に、必要以上に感情が引っ張られなかった。妙に冷静だった、ともいう。

 ロメオ様が、小さく頷く。


「それが、精神干渉耐性」

「耐性……?」

「魅了とか、洗脳とか、媚薬とか、そういうのを無効化するほど強くはしてない。

 …その石の大きさだと、そこまで強い魔術は仕込めなかったし」


 さらっと物騒な単語が出てくる。そして、この石に魔術が込められていることがしれっと伝えられた。


「だから、“冷静さを保てる”程度に、弱めてる」


 ダンテ様が、静かに続けた。


「泣き落としや、被害者ムーブに対して、過剰に自分を責めたり、無理な選択をしなくて済むように」


 ……なるほど。


「でも、周りからは、冷たく見えたかもしれません」


 ダンテ様は、あっさり頷いた。


「ああ、見えたと思う」

「即答やめてください」


 そこで、ずっと静かにメロンソーダフロートを飲んだいたメロちゃんが、口を開いた。


「つまり――

 リーナは何もしてないけど、冷静で動じないので、結果として“泣かせた側”に見える、と」

「最悪の構図では?」


 あまりにひどい事態に、目が遠くなった。


「それでも」


 そこで一言区切って、ダンテ様はじっと私を見た。


「流されて後悔するより、ずっとマシだ」


 私は、深く息を吐く。そして、コーヒーフロートをずずっと飲んだ。

 ……甘さが沁みる。







 その夜。

 私は、日記にこう書いた。


 ――

 正面突破は、ブローチにより即死。

 なお、私は無傷。

 学園の噂だけが、また一段階ひどくなった。

 ――


 ページを閉じて、ため息をつく。

 ゴリラ戦線は、今日も平常運転である。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ