表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】 ヒロイン大渋滞な世界は、一般人にはつらすぎる  作者: 榎本モネ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/19

3、何もしていないのに、噂が増える

 翌朝。

 私は、いつもより三十分ほど早く学園に到着していた。


 理由は単純だ。

 人目を、少しでも減らしたかった。


 昨日の放課後、ダンテ様と並んで帰っただけで、学園中があの騒ぎだ。

 今日、「一緒に登校」なんてしたら、どうなるか――。

 ……いや、想像はできる。できるけど、したくない。


「はぁ……」


 自分の机に座り、深く息を吐く。


 昨日、あれだけ視線を浴びたというのに、学園は今日も変わらず動いている。

 鐘は鳴るし、教師は来るし、生徒たちは噂話をする。

 まるで、私の心情など知ったことではないと言わんばかりに。……世知辛い世の中だ。


 机に突っ伏したい衝動をこらえつつ、ふと胸元に手を当てる。

 昨日、ダンテ様から渡されたブローチ。

 ゴールドの花輪に、いくつかの宝石が散りばめられたそれは、今朝もしっかりと留められている。


 ……見た目は、可愛い。本当に、ただの装飾品にしか見えない。

 だけど、どんな機能がついているのかがイマイチわからない。


「何が起きるかわからない世界、怖……」

「朝から何ぶつぶつ言ってるの」

「うわ」


 顔を上げると、メロちゃんがいた。

 いつもの調子で、隣の席に座る。


「おはよう、ゴリラ戦線最前線の人」

「やめて」

「昨日はどうだった?」

「視線が痛かった」

「知ってる」

「殺気も混じってた」

「それも知ってる」


 メロちゃんは頷きながら、さらっと言う。


「噂、もう“確定情報”として回ってるわよ」

「でしょうね……」


 覚悟はしていたけど、胃がきゅっと縮む。私が何をしたというんだ……。何もしてないのに……。


「で? 今日も一緒に行動するの?」

「……するらしい」

「“らしい”って」

「ダンテ様が“中途半端が一番まずい”って」

「正論だけど怖いわね」


 メロちゃんは、ちらっと私の胸元を見た。


「そのブローチ」

「うん」

「色々機能がついてるっぽいけど、やばそう」

「何か分かるの?」

「ううん。でも、昨日、近づこうとしてた子が、途中で顔色変えて引いたの、見たから」

「……どんな感じだったの?」

「かなり露骨だったわよ。『あ、これ踏み込んだら死ぬやつ』って顔してた

 オーラで牽制しているような、間合いの達人みたいな空気感が漂ってた」


 やめて。

 私、そんなオーラ出してない。


「そのブローチ、魔術師ロメオとの合作らしいし、どんな機能がついてるのか……考えたくないわね」

「魔術師ロメオ製作だと、そんなに怖いことになるの?」


 ヒロインたちの噂によると、魔術師ロメオは職人肌で、変人枠らしいけども。

 メロちゃんは、どこか遠い目をした。


「……あの人、才能は本物だから」

「知り合い?」

「一方的に被害報告を聞いたことがあるだけ」

「被害報告……?」

「まあ、そのうち本人から聞けるんじゃない?」


 不穏な予告を残し、メロちゃんは教科書を開いた。

 ほどなくして、鐘が鳴る。私も教科書を取り出して、授業を聞く姿勢となった。




 そして昼食の時間。メロちゃんと食堂へ向かっている道中。

 まるで、見えない壁があるみたいに、私たちに近づこうとした女生徒が離れていく。


「ブローチ、相当やばいやつでは?」

「今さら?」

「だって、私、何もしてないのに」

「それが一番怖いのよ」


 食堂に入った瞬間、さらに視線が集まる。

 ついこの間まで、私なんて空気同然だったのに。今や、視線の中心。

 そこに、ダンテ様がトレーを持って並んだ。


「一緒に昼食をとらないか? ロメオも一緒にいる」

「メロちゃんも一緒でもいいですか?」


 声が、わずかに裏返った。周囲の視線が、一斉に集まる。

 やめて。私の言い間違いとかを指摘されてるような気分になるから!


 メロちゃんは、「婚約者との昼食にお邪魔できないから」と言って、さっさと離れようとしたけど、逃さなかった。

 言っていることはごもっともだけど!ロメオ様もいるなら、婚約者だけの昼食会じゃないから!


 周囲の視線が、本当に痛い。

 そして、それをガン無視しているダンテ様の精神力が強すぎる。


「……ねえ」


 背後から、声。振り返ると、ひとりの女生徒が立っていた。

 昨日、手紙を寄越してきたうちの一人だ。


 来た。

 イベント。


 心臓が跳ねる。


「フィオリーナ、さ、ま……?」

「はい」


 できるだけ、穏やかに答える。

 その瞬間。

 ブローチが、はっきりと熱を持った。

 彼女の表情が、凍りつく。


「……っ」


 目を見開き、息を詰め、後ずさる。


「あの、大丈夫……ですか?」


 思わず声をかけると、彼女は首を振り、何も言わずに立ち去ってしまった。


「……何もしてないのに」

「うん」

「相手が怯えていく」

「うん」

「これ、私、悪役令嬢ポジションでは……?」

「まだ序盤だから大丈夫」

「序盤だから!?」


 メロちゃんが肩をすくめる。


「少なくとも、向こうから物理的に仕掛けてくる可能性は下がったわね」

「精神的には?」

「……さあ」


 遠くで、ダンテ様とロメオ様が何か話しているのが見えた。

 食堂のはじっこ。背の高い観葉植物でゆるく区切られた場所だから、周囲の視線は少しは軽減されるとは思う。


 席に近づくと、二人の男性の姿がはっきりと見えた。


 一人は、見慣れた人物、ダンテ様。

 もう一人が、魔術師のロメオ様。


 ロメオ様の第一印象は、気だるげ、だった。

 姿勢はどこか緩く、椅子にもたれるように座っている。けれど、だらしないわけではない。

 銀色の髪は無造作に見えて整えられており、長い睫毛の下の瞳は半分ほど伏せられている。

 噂の変人魔術師、という前情報がなければ、普通に人気が出そうな顔をしていた。

 彼が身にまとっているローブは、私やロメオ様、メロちゃんが身にまとっている腰丈のものよりも長い。この長さは、この魔法学園においても有望株しか入れない「魔術科」特有のものだ。


 眠そうなのに、視線を向けられた瞬間だけ、はっきりと「見られている」とわかる、不思議な人だ。


「来たね」


 先に声をかけてきたのは、ロメオ様だった。

 気の抜けたような低い声。でも、不思議と耳に残る。


「君がフィオリーナ嬢?」

「はい。フィオリーナです」

「はじめまして、俺はロメオ」


 名前を呼ばれた瞬間、胸元がじんわりと温かくなった。

 ブローチが反応している。

 ロメオ様の視線は、自然にそこへ落ちた。


「……ああ」


 小さく、納得したように息を吐く。


「ちゃんと動いてる」

「動いてる?」


 トレーを置いて席につく。私はダンテ様の隣。メロちゃんはロメオ様の隣だ。

 私たちが席に着くのを待ってから、ロメオ様は言葉を続けた。


「そのブローチには、君に向けられた“悪意”や“踏み込む意思”を、相手自身に自覚させる機能をつけてる」

「……自覚?」

「そう。

 好奇心だけの人は、ちょっと居心地が悪くなる程度。

 探ろうとか、揺さぶろうとか、傷つけようとしてる人は――」


 ロメオ様は、指先で空を軽く弾く。


「“この先に進んだらまずい”って、直感的にわかる」


 私は思わず、先ほどの女生徒を思い出した。

 声をかけただけで、顔色を変えて下がっていった姿。


「……私、何かしましたか?」

「何も」


 即答だった。


「だからいいんだよ。

 君が何もしなくても、相手の内側が勝手に露わになる」


 それ、便利……なのか?


「それって、私が怖がられてるだけでは……」

「正確には」


 ロメオ様は、少しだけ口角を上げた。


「君じゃなくて、“自分自身”を怖がってる」


 その言い方が、妙に冷静で、でもどこか優しかった。

 その横で、メロちゃんが小さく手を挙げる。


「ちなみに、その反応、段階制だったりします?」

「するよ」


 軽い返事だった。


「悪意のある相手の心情を、そのまま返してるだけ」


 ロメオ様は指を折る。


「興味本位なら、居心地が悪くなる程度。

 探ろうとしたら、距離を取りたくなる。

 踏み越える気なら――関わりたくなくなる」

「……なるほど」


 メロちゃんが納得したように頷く。

 その様子を見て、ダンテ様が腕を組んだ。


「俺の要望で、“判断の余地”を削った」

「判断の余地?」

「相手を拒んでいいのか、様子を見るべきか。

 フィオリーナ嬢が迷う状況自体をなくした」


 静かな声だった。


「そういう設計。優しさじゃなくて、安全重視」


 ロメオ様は、少しだけ肩をすくめる。


「だからね」

「はい」

「何もしてないのに、相手が勝手に怯えることは増えると思う」


 変人だとは思う。

 関わると面倒そうだとも思う。


 でも、この人、根っこはちゃんといい人だ。

 そう直感してしまうあたりが、たぶん一番厄介だ。


「何か不具合が出たら、いつでも言って」


 ロメオ様は、再び気だるげに背を向ける。


「ちょくちょく顔出すから」

「え、ちょくちょく?」

「ダンテの婚約者だし。観察対象」


 最後に、ちらっとこちらを見る。


「それに――」


 一瞬だけ、攻略対象らしい笑みを浮かべた。


「君、面白い反応する」


 ……今の、絶対いらない一言だった。

 私は遠い目になりながら、確信する。


 この人は、頼れる味方で、確実に厄介な存在になる。

 そんな予感しかしなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ