2、ゴリラ戦線、本格参入
「え、噓でしょ?」
「嘘じゃないんだよねぇ」
「え、なんでダンテ様?どういう繋がり?」
「それは、ある日突然のことであった…いつも通り、群がるゴリラたちを眺めていた時のこと…」
「長くなるなら、手短にして」
「ひどい」
転生仲間の友人メロちゃんに、ぴしゃりと言い切られて肩を落とす。現在、学園では私とダンテ様の婚約話で持ちきりだ。ひそひそと周りで話しているので、私は少し小さくなって生活している。いや、物理的には無理なので、気持ちとして、だけども。
正直なところ、両親に言えば渋られるかなぁと思っていた。
ダンテ様のお家は侯爵家。私の家は伯爵家なので、家柄としては釣り合いが取れている。しかし、将来の騎士団長に嫁ぐのだ。貴族社交の中心地に娘を送り出すなんて、両親は想定していなかった。
そのため、ダンテ様に同情して婚約を了承したとはいえ、両親NGが出るかもなぁという思いも少しあった。そのときは、しょうがないなぁと。
私がそんな風にぼんやり思っていた一方で、ダンテ様の行動は早かった。
すぐに侯爵夫妻を説得して、うちに縁談を持ち込んだのだ。私としては、週末に家族が集まったタイミングで相談しようと思っていたので、まだ誰にも伝えていなかった。そんな状況で舞い込んだ縁談話に両親は仰天して、学園からタウンハウスへ帰宅した私を捕まえて「どういうことだ!?」と叫んだ。
うん、ごめんなさい。
はわわ……と震えている父に「実は……」と伝えると、そのまま卒倒された。母はそんな父を助け起こしながら「フィオリーナがそんな大物を捕まえるなんて!」と感動していた。
…たしかに、私もこんな大物を捕まえるとは思っていなかったので、父の衝撃も母の感動もわかる。
「うん、じゃあ縁談を進めていいんだね?」
「はい、お兄様」
苦笑しながら私にそう問いかけてくる兄に、私はコクリと頷いた。母は「作法の先生を新しくお呼びしないと!」と張り切っている。侯爵家に嫁ぐのなら、改めて高位貴族の作法を学びなおさないといけないだろう。ああ、平穏な学生生活よ、さようなら……。
これから、高位貴族向けの勉強と、ゴリラ戦線で時間が使われていくことになるだろう……。
……そんな回想をかいつまんで、友人に話したところ、「私たちの友情もこれまでだったようね」と無情な言葉を告げられた。
「え、ちょっと待ってよ」
「だってリーナ、これからあのヒロインたちとの戦いが勃発するでしょ、絶対。
私、巻き込まれたくないもの」
「そんな!私とメロとの友情は一生ものだって話してたでしょ!」
「早計だったみたい」
「ひどすぎる」
「まあ、冗談は置いといて」
「メロちゃん!信じてたよ!」
「はいはい」
メロちゃんに頭を撫でられて、笑われる。からかわれたのがわかっていたので傷つきはしないけど、実際、私はこれからゴリラ戦線に参戦することになる。メロちゃんに迷惑をかけないためにも、距離を取った方がいいのだろうか。
ピシっ
「いたっ」
「なんか変なこと考えたでしょ」
「…メロちゃんを巻き込まないために、距離を置いた方がいいのかなって」
デコピンされた額をさすりながらそう言うと、メロちゃんは呆れたようにため息をついた。
「私たち、ズッ友なんでしょ?それぐらいの迷惑、気にしないから」
「…メロちゃん!」
メロちゃんは本当に、かっこいい自慢の友人だ。ぎゅうっと抱き着くと、「はいはい」と背中を叩かれた。
それから数日後。
私の机の上には、見覚えのない手紙が三通、置かれていた。
「……何これ」
封筒は上質な紙で、香り付き。しかも三通とも微妙に違う香りがする。嫌な予感しかしない。
恐る恐る一通を開けると、流れるような筆跡でこう書かれていた。
『突然のお手紙、失礼いたします。
フィオリーナ様とダンテ様のご婚約の件、少々お話ししたいことがございます。
本日放課後、温室にて』
「……ゴリラだ」
「まだ決めつけるのは早くない?」
隣でメロちゃんが、手紙をひょいっと覗き込む。
「いや、この“少々お話ししたいことが”って文言、完全にイベントの前振りだよ」
「まあ、たしかに乙女ゲーム感はあるわね」
二通目、三通目も似たような内容だった。場所だけが違う。温室、図書塔裏、中庭の噴水前。
しかも、全部同じ時間。
「……同時多発イベント?」
「詰んでない?」
「詰んでるよね」
学園って、こんなにイベント密集地帯だっただろうか。
メロちゃんはしばらく考え込んでから、ぽん、と手を打った。
「ねえ、全部行かなきゃいいんじゃない?」
「え?」
「正規ルート無視ってことで」
「……それ、怒りを買わない?」
「どうせもう買ってるでしょ」
それは、まあ、そうかもしれない。
とはいえ、完全無視も怖い。何が起こるかわからないのが乙女ゲーム世界だ。イベントを踏まなかった結果、謎の断罪とか発生したら目も当てられない。でも、現場に行ったら行ったで、さらに混迷を極めそうな気もする。
「……ダンテ様に相談するしかないか」
そう呟いた瞬間だった。
「俺ならすでに来ているが?」
「えっ」
いつの間にか、教室の入口にダンテ様が立っていた。今日もイケメンだ。短めの茶色の髪に緑の目。爽やかなスポーツ系お兄さん、といった見た目のダンテ様は、スタスタと軽やかな動きで私たちの元へやってくる。
「……聞いてました?」
「最後の一言だけな」
ダンテ様は私の机に置かれた手紙を見て、ふっと遠い目をした。
「なるほど。来たか」
「来ましたね」
「来ました」
なぜか三人で頷き合う。なお、メロちゃん了承のもと、メロちゃんが転生者仲間であることはダンテ様に伝えてある。
「結論から言う。行かなくていい」
「即断ですね」
「行けば、向こうの土俵だ」
そう言って、ダンテ様は懐から小箱を取り出した。
「何です?それ」
「ロメオと合作したブローチ。ぜひ身に着けてくれ」
パカッと小箱を開けられ、差し出される。中のブローチはゴールドを基調にした花輪のようなデザインだ。可愛い。そして、宝石がいくつか散りばめられていて、高そう。
言われるがままに身に着けると、ダンテ様は満足そうに頷いた。
「宝石ごとに魔術をかけてある。物理的な結界を張るだけでなく、精神干渉なども対策済みだ。ロメオと一緒に、これまでの経験から、必要と思われる機能は入れておいた」
「これまでの経験……?」
「聞くな」
ダンテ様の目が死んでる……。メロちゃんが「大変そう」と小さく呟いた。
「今日は、フィオリーナ嬢は俺と一緒に帰る。公的にだ」
「えっ、公的に!?」
「周囲に見せる必要がある」
ダンテ様は淡々としているけど、その目は真剣だ。
「中途半端が一番まずい。婚約者は婚約者らしく振る舞う。そうすれば、諦める者も出る」
「……出ない者は?」
「処置する」
「処置……」
思わず遠い目になる。
メロちゃんが肩をすくめた。
「まあ、こうなったら腹を括るしかないわね」
「メロちゃん……」
「私は後方支援に回るから。ちゃんと生き延びなさい」
それ、友情の励ましだよね? ね?
こうして放課後。
私はダンテ様の隣を歩きながら、学園中の視線を一身に浴びていた。
ひそひそ、ざわざわ。
明らかに、殺気の混じったものもある。
「……ダンテ様」
「なんだ」
「私、無事に卒業できますかね」
「さあな」
「即答しないでください」
「だが、守るとは約束しただろ」
そう言って、私の歩幅に合わせてくれる。
その横顔を見て、胸の奥が少しだけ温かくなった。
——ああ、もう逃げられないな。
そんな予感とともに、
私のゴリラ戦線は、本格的に動き出したのだった。
お目通しありがとうございます!
お固めの書き方での執筆に苦労したので、軽い書き方で息抜きしたくなり、連載することにしました。
どうぞよろしくお願いします。




