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【連載版】 ヒロイン大渋滞な世界は、一般人にはつらすぎる  作者: 榎本モネ


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最終話、役割を脱いだ、そのあとで


 学園祭から季節が進み、学園は穏やかな日常が戻っていた。

 朝の鐘はいつも通り鳴り、廊下には吐く息を白くしながら歩く生徒たちがいた。友達同士で他愛ない話をしながら歩く生徒もいれば、眠そうな顔で急ぎ足の子もいる。

 どこを見ても、平常運転だ。


 ただ――季節が進んだからこそ、はっきりとわかる違いもあった。


 学園祭の頃と比べて、以前より少し静かになった子がいる。前は、やたら目立つ場所に立っていたのに、今は教室の隅で本を読んでいる。話しかけると、驚くほど落ち着いた顔で笑った。

 無理に明るく振る舞っている子もいる。声は弾んでいるのに、ふとした瞬間に力が抜けて、苦笑いになる。その表情は、どこか正直で、私は嫌いじゃなかった。

 何もなかったように過ごしている子もいる。本当に割り切れたのか、そう装っているだけなのかは、わからない。でも少なくとも、誰かを押しのけて前に出ようとはしていない。


 正解が示されなかったこの世界では、差は「傷」じゃなくて、「距離」として残る。近づいたままの人もいれば、少し離れたままの人もいる。ただ、それだけだ。


 ――そして、学園全体の空気も、確実に変わっていた。


 廊下での不自然な待ち伏せは、いつの間にか消えた。意味深な差し入れや、わざとらしい噂話も、ほとんど聞かなくなった。ある人の前だけ、声が一段高くなる現象も、あまり見かけない。

 ようやく「攻略対象者」が、ちゃんと「人」として扱われるようになったのだ。

 あの日、中央ステージにいた子たちも、今は落ち着いている。恋愛の話をしなくなったわけじゃない。でも、振り回されてはいない。勝ち負けを口にすることもなくなった。


 あの瞬間で、ゲームの画面が閉じたんだと思う。


 もちろん、まだ夢見がちな子はいる。物語の続きを信じているような言動を、たまに見かけることもある。でも、不思議と周囲は引きずられない。学園全体の温度は、確実に下がっていた。

 現実に戻る速度は、人それぞれらしい。


 冬の冷たい風が吹く中、私は中央ステージの跡を通りかかった。装飾柱のあった場所には、簡素な柵が置かれている。理由を説明する掲示はないし、誰も立ち止まらない。その静けさが、今の学園らしいと思えた。

 生徒会の掲示板も、以前よりずっと事務的だ。イベント告知は淡々としていて、妙に心を煽る言葉は使われていない。でも、その分、落ち着いている。誰かの背中を、無理に押す舞台は、もう作られないんだと思った。


 物語がなくても、学園は回る。恋が静かになっても、ちゃんと一日が始まる。

 時間が経ったからこそ、その当たり前を信じられて、私は、少しだけ安心していた。


◇◇◇


 学園の一日の終わりが近づくころ、廊下はいつもより静かだった。窓から差し込む冬の日差しは白っぽくて、教室の床に落ちる影も淡い。


「リーナ、行こ」


 メロちゃんが、当たり前みたいに声をかけてくる。マフラーを巻いたまま、少し早足で。


「うん」


 それだけ返して、私は席を立った。

 並んで歩く廊下。特別な話題はない。今日の授業が長かったこととか、次のテスト範囲が広いこととか、そんなことばかりだ。


「寒いとさ、集中力落ちない?」

「落ちる」

「だよね。もう今日は諦める」


 メロちゃんはそう言って、軽く笑った。その声を聞くだけで、なんとなく肩の力が抜ける。昇降口の前で、冷たい外気が流れ込んできた。


「今日、どうする?」

「図書館寄ってから帰るつもり」

「じゃあ、途中まで一緒だね」


 それが、なんでもないことみたいに交わされる。

 少し前なら、こういう会話の途中で、誰かの視線を気にしたり、変に空気を読んだりしていた気がする。でも今は、そんなことを考えることもない。


「そういえばさ」


 靴を履き替えながら、メロちゃんが言った。


「最近、みんな落ち着いてない?」

「……うん」

「なんか、やっと学校って感じ」


 私は小さく頷いた。


「変に気を張らなくていいの、楽だよね」

「うん。すごく」


 外に出ると、吐く息が白くなる。メロちゃんはそれを見て、わざと大きく息を吐いて笑った。


「ほら、白い」

「子どもみたい」

「だって冬だよ?」


 そう言って、先に歩き出す背中は、いつもと変わらない。特別な言葉も、深い約束もない。それでも、十分だった。

 私は少しだけ歩幅を合わせて、メロちゃんの隣を歩く。


 校門へ向かう途中、前を歩いていたメロちゃんがふっと足を緩めた。

 次の瞬間、低い声が背後から聞こえる。


「うわっ!?」

「寒い~」


 同時に、メロちゃんの体がびくりと跳ねた。振り返った彼女の肩口に、見覚えのある腕が回っている。


「ちょ、ちょっとロメオ様!ここ、外!」

「知ってる」

「知ってるなら離れて!」


 言葉とは裏腹に、メロちゃんは振りほどけていない。顔だけが、わかりやすく赤い。


「はいはい」


 ロメオ様はあっさり腕を解いて、何事もなかった顔で立ち直る。その様子があまりに自然で、私のほうが拍子抜けした。


「相変わらずですね……」


 思わず呟くと、ロメオ様がこちらを見る。


「相変わらず、って言われるのは心外だなぁ。ちゃんと進化してる」

「どこが?」

「距離感」


 メロちゃんは恥ずかしそうに、小さく咳払いをした。


「……で、何の用ですか?」

「ああ、それ」


 ロメオ様は、今度は私に向き直る。


「ブローチの件」

「……!」


 反射的に、胸元に手をやった。ダンテ様から贈られた、金のブローチ。冬の光を受けて、静かに輝いている。


「もう、魔術はいらないってダンテとフィオリーナ嬢で決めたんでしょ?」

「はい。……解除、お願いできますか?」


 私がそう言うと、ロメオ様は一瞬だけ、残念そうな顔をした。


「え~。もう通知こなくなるのか。面白かったのに」

「面白がらないでください!」

「まあ、最近はほとんど通知こなかったけどさ」


 そう言いながらも、ロメオ様はためらいなく指先を伸ばす。短い詠唱。ごく小さな魔力の解放。一瞬、胸元が温かくなって――すぐに、それが消えた。


「はい、解除完了」


 あまりにもあっさりしていて、少し拍子抜けする。


「……これで終わりですか?」

「うん。もうただの装飾品」


 そう言われて、少しだけ不安になる。でも、ブローチは変わらず、静かに光を受けている。


「大事にしなよ。それ」

「もちろんです」


 答えた私に、ロメオ様は肩をすくめる。もうそれ以上何も言わない。視線は、自然とメロちゃんのほうへ戻っていた。


「ほら、帰ろ」

「だから、急に腕引っ張らないでってば!」


 二人は並んで歩き出す。距離は近いのに、どこにも無理がない。私は、その少し後ろからついていった。

 ――ああ、この人も。自分の隣に誰を置くかを、ちゃんと決めている。



◇◇◇


 冬の空気は、澄んでいて、少しだけ冷たい。校舎の外を歩くと、靴音がやけにはっきり聞こえた。

 思えば、あの学園祭から、もう十分な時間が経っていた。季節が変わるくらいの時間は、世界の空気を落ち着かせるには十分だったらしい。


 私はもう、誰かの視線を意識して歩いていない。ヒロインだからでも、悪役令嬢だからでもない。誰かの正解ルートに配置された存在でもない。

 ただ、自分としてここにいる。それだけのことなのに、不思議と胸は軽かった。


「寒いな」


 隣を歩くダンテ様が、マフラーに口元をうずめながら言う。以前より、ずいぶん砕けた声だ。


「珍しいですね。暑がりなのに」

「今日は本当に寒い」


 そう言って、何の前触れもなく、私の手を取る。一瞬だけ触れてから、ためらったように指を絡め、ぎゅっと握った。


「ほら。やっぱり冷たい」

「自分の手の方が温かいからって、急ですね」

「うるさい。離さないぞ」


 言い切ったあとで、少し気まずそうに視線を逸らす。その横顔が、ほんのり赤い。


「……嫌か?」

「嫌だったら、もう言ってます」


 そう返すと、ダンテ様は小さく息を吐いた。


「独占欲、強くなってません?」

「……前からだ」


 ぼそっとした答えに、思わず吹き出しそうになる。


「自覚あるんですね」

「リーナ限定だ」


 そう付け足してから、今度は自分で照れたように咳払いをした。

 胸元で、金のブローチが静かに揺れる。もう魔術はかかっていない。ただの装身具。それでも、ここにある。


「春になったら」

「はい?」

「街の方、行こう。特に用事はないが」


 あまりにも自然な言い方で、思わず笑ってしまう。


「それ、デートって言わないんですか?」

「……言うと構えるだろ」

「少しはします」

「じゃあ、散歩でいい」


 少し考えてから、付け足す。


「でも、隣は空けとけ」

「選択肢、あります?」

「ない」

「じゃあ、仕方ないですね」

「仕方なく来るな」


 拗ねたような表情のダンテ様に、ふふっと笑う。からかうのはここまでにしておこう。


「喜んで行きます。楽しみです」


 そう言うと、ダンテ様の口元が嬉しそうに綻んだ。


 こんなやり取りができること自体が、もう答えだった。決定事項じゃない。大げさな約束でもない。それでも、確かに「これから」を含んだ会話。

 先のことは、わからない。物語は、もう私を導かない。

 でも私は、自分で選んで進める。そしてその隣に、当たり前みたいに彼がいる。


 ――それが、何より嬉しかった。



本作を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ここまで書き続けられたのは、読んでくださる方がいたからです。

また、連載を続けている作家様たちのすごさを、身をもって実感する機会にもなりました。


今後ものんびりとしたペースで、何か作品を投稿できたら嬉しいです。

本当に、ありがとうございました。

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