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【連載版】 ヒロイン大渋滞な世界は、一般人にはつらすぎる  作者: 榎本モネ


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12/19

12、婚約者としての、覚悟


 朝の鐘が鳴る少し前から、廊下はすでに賑やかだった。

 声量が大きいわけではない。走り回っている生徒がいるわけでもない。ただ、人が多く、会話が途切れない。


「聞いた? 昨日また一緒だったらしいよ」

「え、どこで?」

「中庭。放課後」


 すれ違いざまに、そんな言葉が耳に入る。私は歩調を変えず、教室へ向かった。話題の中心が誰なのかは、だいたい分かる。


「最近、生徒会の人たち、距離近くない?」

「イベント準備、やたら一緒にやってるよね」

「学園祭、絶対何かあるって」


 生徒会。ダンテ様。ロメオ様。誰のことかはすぐ分かった。

 教室に入ると、すでに何組かが固まって話している。私は自分の席に向かい、鞄を置いた。


「おはよ、リーナ」


 隣の席に、メロちゃんがやってくる。いつも通りのタイミング、いつも通りの声。


「おはよう」

「朝からすごいね」

「ねー」


 短く返すと、メロちゃんは机に肘をついた。


「完全に噂の段階ね。前より隠す気がない感じ」


 メロちゃんは周囲を見回す。視線の先では、別の女子たちが小声で何かを話していた。


「生徒会役員の名前、出すぎ」

「攻略対象者、って感じがする」

「言い方」


 授業で使う教科書を机に並べながら、ふと思ったことを言ってみた。


「私、当事者なんだけどさ」

「うん」

「完全に蚊帳の外だよね」

「それはそうでしょ。婚約者とはいえ生徒会役員じゃないし、情報は全部後出しされる立場だし」


 即答だった。


「話の外に置かれてる感じがする」

「正確には、“話題の中心にいるのに、輪に入れてもらえてない”」


 言い直されて、私は少し笑った。


「それ、余計に面倒そう」

「でしょ?」


 メロちゃんも笑う。


「でもさ」

「うん」

「空気、変わったよね。この間までと違う」

「違うね」


 驚きはない。ただ、段階が進んだ、という感覚。これまでは、視線が集まる。距離を測られる。噂が芽吹く。

 今日は、名前が飛び交い、関係性が推測され、これからどうなるかを期待している声も混じっている。


「静かな違和感、終わった感じする」

「今はもう、騒がしい」

「正直、ちょっと」


 メロちゃんは言葉を切って、肩をすくめた。


「面倒」

「同意」


 リーナは窓の外を見る。中庭には、すでに数人の生徒会役員が集まっていた。誰かが手を振り、誰かが立ち止まる。

 視線が集まる。それを、本人たちは気づいているのか、いないのか。


「学園祭、近いしね」

「だね」

「絶対、これからもっと増えるよ。噂も、人も」

「ゴリラも?」

「言い方」


 鐘が鳴り、教師が入ってくる。ざわめきは一度、形だけ静まった。

 ノートを開きながら、リーナは思う。状況は、確実に動いている。でも、自分が今すぐ何かをする段階ではない。


◇◇◇


 私はメロちゃんと一緒に廊下を歩いていた。昼休みのざわめきが、いつもより少し大きく聞こえる。


「今日も活発だね……」


 私は軽くため息をつく。別に驚くほどではない。


「そうね。面白くもないけど」


 メロちゃんが肩越しに囁く。眉をひそめ、目は廊下の端を追う。ダンテ様やロメオ様、ほかの役員たち……。そして、彼らを追うゴリラたちの姿もある。

 廊下の端で、ダンテ様は笑いながら他の生徒と話している。周囲に寄ってくる女の子たちの視線や、さりげなく肩を寄せる仕草――その一つひとつが、私の胸に小さなモヤを残す。


「みんな必死ねぇ。あのヒロインたち……ちょっと加熱しすぎじゃない?」


 メロちゃんの声に、ハッとして軽く頷く。


「うーん、まあ、攻略対象者側の基本対応が調整されて、軽くあしらう感じになってたから、それを補うみたいな感じでアプローチが増えてたけど……最近はなんか、なりふり構ってない感じがするよね」

「明らかに空回りしてる感じが強いのよ……」


 周囲を見渡すと、生徒会役員たちの周囲だけやけに密度が高く、彼らを追うゴリラたちの行動がぎこちなくも必死なのがわかる。


「……あのヒロインたち、攻略対象者だけじゃなく、最近は先生も狙ってるみたいよね」


 メロちゃんの言葉に少し驚く。え、まさか教師も攻略対象だったの?


「……なんか、学園全体でゲーム進行してる感じがするわね」

「放課後も油断できないわよ。ほんのちょっとのタイミングで戦線に巻き込まれる」


 メロちゃんが廊下の端を指す。教師陣を意識しているヒロインたちの動きが見えない分、余計に生徒会側を追う動きが過剰に見えた。


「次はどうなるんだろうね」


 メロちゃんのつぶやきに、私は答えず、ただ前を見つめる。視線の先には、次の戦線を予感させる生徒会役員たちの姿。廊下の奥で、誰かがささやく声。おそらく、静かに、しかし確実に何かが動き始めている。


◇◇◇



 その日の放課後。廊下に足を踏み入れると、私は肩の力を抜き、隣のメロちゃんと目を合わせた。いつものように廊下を歩く日常のひとこま——それでも、学園の空気は少しだけざわついているように感じられた。


「ロメオ様、今日の昼はちょっと現場を見てたみたい」


 メロディがこそっと耳元で言う。なんのことだろう?


「現場?」

「ええ。ヒロインたちの動きが、予想以上に激しかったみたい。彼も観察に出てた」


 そのロメオ様の動向をメロちゃんが知っているということは、彼といつの間にか情報交換をしていたらしい。いつの間に……と思いつつ廊下の角を曲がったところで、ダンテ様が立っていた。軽く手を挙げて呼びかける。


「リーナ、少し話せる?」

「うん、もちろん」


 私は微笑みを返し、ダンテ様の隣に歩み寄る。二人の歩幅は自然に揃い、会話はすぐに始まった。


「最近、何か困ったことはないか?」


 ダンテ様の問いに、ちょっと考えて答える。


「特には……相変わらず悪役令嬢として勝手な噂は流れてますけど……。あ、でも、周りの生徒の様子は少し活発になっている気がします」

「なるほど」


 ダンテ様は頷き、眉をひそめることなく静かに視線を向ける。婚約者として、互いの立場を理解した会話は、無理のないリズムで進んでいる。いつも通りのテンポに、ホッとした。

 そのとき、廊下の端に銀色の髪が揺れる人影が現れた。ロメオ様だ。


「やあ、ちょうどいいところにいるね」


 肩を軽くすくめ、自然体で歩み寄るロメオ様は、そのままメロちゃんの方へ寄っていった。メロちゃんが顔を上げ、笑みを交わす。


「ちょっと様子を見に来ただけ。特に問題はないみたいだけどね」

「そう、じゃあ安心ね」


 ロメオ様は肩をすくめ、メロちゃんが頷く。その二人の様子が、とても落ち着いているような、でも動いているような、そんな言葉にできない関係値に見えて、私はむずむずとした気持ちになった。


 廊下の向こうからは、時折、別の生徒の声や足音が聞こえる。それでも、私とダンテ様、メロちゃん、ロメオ様の間には自然な距離感があり、互いの立場や関係性を損なうことはない。

 夕陽が沈み、廊下の影が少しずつ長くなる。ダンテ様の隣を歩き、胸の中で自然な覚悟を確認する。特別な演出はなくても、婚約者として互いを理解し信頼する——それで十分だ。


◇◇◇


 次の日の放課後、廊下の端に立つダンテ様の姿を、私は少し離れたところから見ていた。制服の袖からちらりと覗く手首の線、光に透ける髪の色、ふとした仕草のひとつひとつが、私の胸をそっと揺さぶる。

 ここ最近は、近々行われる学園祭の前準備が生徒会ではじまり、ダンテ様と放課後、一緒に過ごすことが減っていた。そんな中でゴリラ戦線が活発になり、私は、自分の心が妙にざわついているのを自覚していた。


 思い返せば、先日の出来事もそうだった。ダンテ様の周りに女の子たちが集まる様子を見て、私は心のどこかで、ちくりとした感情を覚えていた。あのときのモヤッとした感覚は、私が婚約者であること、そしてその立場に伴う責任感によるものだけじゃない。無意識のうちに、嫉妬を抱いたんだろうな、と妙に冷静に過去の自分を振り返った。

 そんなことをぼんやりと思っていた私に気が付いたダンテ様は、少し表情を明るくしてこちらに歩いてきた。ちょっと心がそわっとしてしまう。


「リーナ、一緒に帰れるか?」


 ダンテ様の声は、私の耳にいつもより少しだけ近く感じられた。私は軽くうなずき、心の中で先ほど思い返した感情をそっと押さえ込む。あのときのモヤッとした気持ちは、今ここで向き合うべきものに変わろうとしている。


「ぜひ」


 私の声は自然と少し明るくなった。ダンテ様はにこりと笑い、私の手を軽く握る。握られた手の温かさが、胸の奥までじんわりと染み込むような気がした。

 ダンテ様の隣に立つだけで、心がこんなにも穏やかになるのかと、不思議な感覚に包まれる。


 廊下の向こうから、他の生徒たちの話し声がかすかに聞こえる。私はちらりと横目で見て、少しだけ心の中で苦笑する。婚約者としての立場は、確かに意識しなければいけない。でも、だからといって、毎回身構える必要はない。ダンテ様といるときの自然な気持ちこそ、大事にすべきだと思う。


「リーナ?」


 ダンテ様の声に、私は視線を戻す。彼の瞳が、いつもより少しだけ柔らかく見えた。まるで、私の心の動きを見透かしているかのように。


「はい、聞いてます」


 ダンテ様が私の手を握ったまま、軽く歩き出す。私は自然に微笑み返し、彼の歩幅に合わせて歩く。婚約者としての覚悟は、日々の積み重ねの中で自然と形作られるものだ。だから、今日のこの感覚を大切にして、明日も、そしてその先も、ダンテ様と一緒に過ごす時間の中で、この覚悟を育てていこう。

 ダンテ様の隣に立つ自分を意識し、胸の中で拳を軽く握る。その手応えが、覚悟の証に思えた。


「……やっぱり最近、戦線が活発になってるよな」


 ダンテ様は疲れたように呟く。言葉は短いけれど、目は周囲をしっかり観察している。私も自然と視線を巡らせ、誰が近づいてくるか、どの動きが危険かを頭の中で整理する。


「……つまり、気を抜けないってことですね」


 思わず口にした私に、ダンテ様は軽く肩をすくめる。


「まあな。別に脅してるわけじゃない。ただ、俺たちが過剰に反応したり目立ったりすると、やっかいごとが増えるだけだ」


 廊下の突き当たりに、数人の生徒が立ち止まっている。自然に距離を取ったまま、こちらをちらりと見ているのが分かる。ここ最近のゴリラ戦線の活発さを思い返すと、油断はできない。


「まあ、今日一日を乗り切ったから、明日も頑張るか……」


 その言葉に、私は小さく笑う。戦線が完全に収まることはないだろうけれど、この一瞬だけは、婚約者としての自分の立場と、ダンテ様の信頼を噛み締めることができる。


「……よし、行こう」

「ステラでお茶します?」

「そうだな」


 廊下を抜け、日常に戻る感覚。戦線の波は残っているけれど、この小さな戦線の中で、私はしっかりと立っている。ダンテ様と隣り合い、視線を交わす。その瞬間、心の中で覚悟はより確かなものになったように思えた。




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