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それから、両親もエドリック様も、私に甲斐甲斐しくなった。
お父様もお母様も、私の為に色々な装飾品やドレスを贈ってくれる。
「やっぱり、貴女にはこのドレスが似合うと思ったのよぉ!」
嬉しそうに顔を華やかせながらお母様が着せてきたのは、どちらかというと冷たい顔立ちの私には似合わないピンクのふりっふりのドレスだった。私にドレスを着せたメイド達も少し困惑したように私を見つめている。私は鏡に映る私を眺めながら服を買ってもらうのは久しぶりだと思った。
時間が戻る前、チェリーに心酔したお母様は私がドレスを新調するのを酷く嫌がった。でもようやく買ってもらえたドレスがこれとはなんの皮肉だろうか。
お父様は私に色々なお菓子を贈ってくるようにもなった。ホイップクリームがたっぷり載ったケーキにバターがたくさん使われたクッキー。私は王妃様の厳しい食事管理を受けていたせいか、甘いものは体が受け付けない。クリームを食べると吐きそうになるし、バターがたっぷり使われたクッキーを食べれば胃もたれする。でもせっかくお父様が贈ってくれたのだから、と無理して食べると後でお腹を下してしまった。
でも「美味しかっただろう? お前が好きだと思ったんだ」と笑顔で言われてしまえば、私はブツブツが出来た腕を隠しお菓子を食べることしか出来なかった。
そしてエドリック様は、チェリーにしたように私に甲斐甲斐しくするようになった。私に甘言を吐き、腰を抱いてエスコートをする。
――そして、私にキスをした。夜会で馬車の中で口づけられた。その瞬間湧き上がったのは、どうしようもない程の絶望。眼の前が暗くなる。唇を撫でる私を、愛おしそうにエドリック様は見つめてきた。
王妃様も、私に「夫にも怒られたわ。貴女を追い詰めるような事をいってごめんなさい」と謝った。
私はただ定型文をなぞって、
「気にしないでください」
と笑った。
だから私は、腑に落ちた。彼らは私の事を本気で思ってくれた事はないんだと。虚像の『私』だけが、彼らの心にはいるんだと。
「そんな人たちのために、どうして私が我慢しなければいけないの?」
私は、私の為に生きてあげたい。自分を大切にしてあげたい。
そんな私は、皆の反対を押し切ってチェリーという架空の少女になっていた魔法使いの元に訪れていた。鉄格子の先にいる老婆は顔はしわくちゃで服はボロボロで、腕は枯れ枝のように細い。その腕にはまったやけに大きな手錠は、老婆の痛々しさを増進させた。
「……こんにちは、チェリー」
力なく彼女は答えた。
「そのチェリーっていうのは止めてくれ、わしの名前はシャリーだよ」
確かにあんな美少女と同じ名前で呼ばれ続けるのは結構堪えるかも、と変な所で私は納得した。
ぼんやりと宙を見つめる私に、シャリーは覇気なく言った。
「此処に何しに来たんだ。復讐にでも来たのかい?」
私は緩く首を横に振ると、二本の指を立てた。
「二つ、聞きたいことがあるの。まず、貴女が時を戻したの? それと、貴女が皆に『チェリーという娘がいる』と思わせた暗示魔法は、強い精神があれば歪みが生じるような魔法だった?」
つまんなそうに老婆は私を見たあと、ポツリと言った。
「時を戻したのは、わしじゃないよ。あんな魔法、わしは使わないよ。そもそも、魔法が底を尽きかけてたから騎士団にも捕まったっていうのに……」
ぶつくさと文句を言いながらもシャリーは案外素直に話す。
私が話の続きを促すような目線を送ると、少し考えてから、シャリーは断言した。
「それで、強い精神があれば打ち破れるっていう話だが、無理だよ。魔法というのは一種の奇跡だ。あんたは劇のお芝居で、奇跡を起こした主人公が不幸せになる物語を見たことがあるかい?」
「いいえ、ないわ」
そういう『奇跡』が用意された主人公には、すべからくしてハッピーエンドも用意されている物だ。
「ああそうさ。だから魔法で打ち破られるかしなければわしの魔法は解けることはない。奇跡は必然、とも言うしね」
おどけたように言うシャリーに、私も軽く笑みを返す。そんな私を見たシャリーは器用に片眉を上げた。
「あんた、自分を貶めた奴が目の前にいるっていうのに随分と冷静だね?」
「…………明日処刑される貴女に何を問い詰めたとて、きっと私の心が晴れることはないもの。私にとって大事なのは一つだけ。お父様やお母様、エドリック様やその他の皆さんを、私はどうするべきなのか、それだけよ」
「それもそうか」と可笑しそうにシャリーは言い、私に嘲りの笑みを浮かべた。
「それなら残念だったね。強い精神があれば魔法が打ち破られる……なんて素敵な設定があったのならあんたが報われた可能性もあったかもしれないのに」
私はその言葉に目をまん丸くすると、スルリと笑った。可笑しくって可笑しくって、笑みが止まらない。唇を釣り上げた頬が痛くなる。
「いいえ、私はそんな設定なくて安心したわ。あの人たちに『もっとヴァイオレットを信じていれば……』とこれ以上陶酔されては困るもの」
シャリーも私に釣られたように笑った。
「確かに、あいつ等ならそう言うね」
「でしょう? あ、あと一つだけ。どうして私の家に来たの?」
老婆はしわくちゃな顔に少しだけ不気味なとびきりの笑顔を浮かべて笑った。
「王子様と幸せになりたい、これって女の一生の夢だろう?」
なるほど、それは一理ある。
そうして、シャリーはこの話から次の日に処刑された。落とされた頭はボールのように跳ねた。白い髪の隙間から除く地肌も真っ白で、そんな白い物体にかかった赤はなんとも、
「気持ち悪い」
最後まで、気持ちの悪い老婆だった。
私、死んでからもうすっかり柔らかい心など押しつぶされてしまったらしい。春の片隅でひっそり柔らかい花弁を開かせていた事なんて忘れてしまったらしい。
私が昨日の話で知りたかったのは、『あの老婆の弱み』。その弱みによっては、処刑までを長引かせて復讐をする予定だった。そして、私が「死ぬ」と言った時震えている手と、ある話を読んで確信した。老婆が誰よりも死を恐れている事に。だから、この元凶は死ぬのが最善だと思った。隣国の本にはこう彼女は書かれていた。『不老不死を求め、数々の魔法使いを殺し、竜を殺した』と。
刃が落ちる間際、あの老婆は二つを口にした。
『奇跡なら、あんたにももう起きている』
『嫌だ、死ぬのは嫌だ。助けて。死ぬのは、こわ――』
最後までよくわからない事をいう人だった。
◇◇◇
そして、私は復讐を始めた。手始めはエドリック。私は彼とパーティに行く日に復讐を決行した。
彼に、強烈な下剤を盛った。しかもこれは、魔法使いに特別に作らせた物で、エドリックに専用のカプセルを飲ませた後は私がこれまた専用の呪文を唱えるだけでエドリックは強烈な下痢に襲われる。
カプセルは、シャンパンに溶かし飲ませた。ありがとう、と無邪気に笑う彼は私が今から貴方を地獄に突き落とそうとは微塵も考えていない顔だった。
そして、彼がホールの中央で可愛らしい令嬢と踊っている時だ。彼は性懲りもなくその令嬢に目を付けていた。それならば彼女の前で恥を掻かせるのが最高な復讐だと言わないだろうか?
そして、二人に注目が集まって、私は離れた所で違う人と踊っている時、小さく呪文を唱えた。次の瞬間、エドリックの動きが止まった。そして令嬢を退かし一目散に扉へと駆け寄っていくエドリックに皆がどうしたのかと寄ってくる。教育をサボっていたエドリックに人波を分ける方法など分かるはずもない。皆に囲まれる中、盛大な音と悪臭がホールに満ちた。その発生源がエドリックだとわかるや否や、皆蜘蛛の子を散らすように逃げていく。その中にはさっきの令嬢もいた。
ヘタリとエドリックが座り込む。膨らんだズボンの後ろの部分が床に押し付けられ形を歪ませた。皆、扇子等を口元に当てて穢らわしそうにエドリックを見つめる。
そして慌ててやって来た侍従に、彼は回収されていった。
「――だから、お願い。あの子に会ってやって頂戴」
その事件から自室にこもりきっているエドリックを心配したのか、王妃と王に呼ばれた私は王城にやって来ていた。なんでも、真っ暗な自室でずっと「俺をそんな目で見るなぁ!」「俺は穢くなんてない」とブツブツ呟いているらしい。あの様子なら王位継承権は現在留学している第二王子に移ることだろう。
王妃の懇願に、私は首を振る。
「私の声などエドリック様には届きませんわ」
チェリーと浮気をしている時も、そうだったのだし。私が暗にそういう意味を込めながら言うと、王妃は言葉を詰まらせた。王は焦れたように言う。
「出過ぎた願いだという事は重々承知だ。そなたが拒否する理由も分かる。だがあんなでも儂らの大事な息子なのだ。頼む、ヴァイオレット嬢」
だから私に犠牲になれと? 冗談ではない。私はカチャリ、と無作法に音を立ててソーサーにティーカップを戻すと、ゆっくり笑った。
「陛下は随分と心が広いのですね。エドリック様は貴方の本当の子ではないというのに」
「――なんだと?」
視界の端で焦ったように王妃が動いた。だから彼女が私に辿り着く前に口を開く。
「王妃様には、恋人がいるのですよ。十何年も前から、そして今でも」
「どういう事だそれはっ!」
私は、1枚の書類を王に渡した。
「王妃様の近衛騎士の方です。どうです? 顔がどことなくエドリック様に似ていますよね。それに、エドリック様は髪を染めているんじゃないんでしょうか? 前風が強く吹いた時エドリック様の地肌に近い髪が金髪ではなく黒なのを見てしまったんです。近衛騎士の方も黒いですよね。あぁ、でも良かったですね、第二王子は貴方似ですよ」
それからはもう、地獄絵図だった。追いすがる王妃を衛兵に捕らえさせ近衛騎士を捕縛しに行った。
疲れた様子の王に私は問う。
「陛下、貴方は王妃様の裏切りを許せますか?」
「……っ、許せる訳がなかろう!」
「私も、そうです」
そこでようやく、王は気づいたようだった。私と王は、今同じ状況だという事に。
「私も、裏切った人に尽くせるような人間ではありません」
私に、ポツリと「すまなかった」と王は呟くと、もう一言口にした。
「もう、そなたの事は諦めよう」
「寛大な心に感謝します」
カーテシーをして、私はその場を去った。
それから3日後、王妃とエドリックが生涯幽閉となる事が決まった。そして、近衛騎士は処刑された。
◇◇◇
私には、多くの同情が集まった。あれから、令嬢達が私にした事も人づてに伝わり肩身の狭い思いをしているらしい。手紙で『私達お友達よね?』と書いてきた令嬢もいたが、返事は書いていない。それが私からの答えなのだから。
そしてそれは、私の両親も。
「お願い、ヴァイオレット。一緒にパーティに行きましょう? だって皆酷いのよ! 私達が貴女を虐待していたって言うのよ!」
「あぁ、こんなにもお前を愛しているのに何たる仕打ちだ」
こうして私をパーティに連れて行き、噂を払拭したいのだろう。だが、私はそんな事しない。
一生、悔やんで悔やんで苦しんで、地獄に落ちろ。
私は、二人が見ている前でバルコニーから飛び降りた。
「さようなら、貴方達を好きだと思っていた私は、とうに死にました」
そしてそのまま魔法使いに作ってもらった転移魔法で消える。両親は私が王妃になるからと散財し、借金をこしらえていた。時が戻る前にはもう簡単には返せないほど膨らんでいたのだから、あの日から3年前の今でももうかなりの額の借金がある事だろう。
貴族社会にも見放された彼らが行き着くのは平民落ち。だがプライドの高い彼らは耐えきれないだろうから、一生借金の返済に追われながら子爵辺りの爵位にみっともなくしがみつくのかもしれない。
もうどうでもいいのだけど。
そんな私が転移魔法で訪れたのは、アルワードの生家であるルーントー子爵家。アルワードはその家の次男なのだ。
時が戻ってから、アルワードは何故かずっといなかった。それをメイドに尋ねると、急に辞職を申し出たらしい。皆惜しんだらしいが、彼の意思は変わらなかったと。そして「お嬢様に特別に隠す必要はないがわざわざ言う事はしないで欲しい」と言われていたらしい。
だから、アルワードの真意を知りたくてここまで来た。南に位置するルーントー子爵家は、もう春がきたのかと思い違いをしてしまうような陽気さがあった。
ルーントー子爵家の門の前に立った私は、ゴクリと息を飲む。彼がただ、私に愛想を尽かしただけだったら――それは何度も考えた。けど、諦めきれなかった。彼の口から直接否定されるまでは。
先に手紙を出していたから、直ぐにメイドが案内に来てくれた。そうして通された応接間には、ルーントー子爵家当主が座っていた。彼は重々しく口を開く。
「……アルワードは、貴女に会うことを望んでいません。どうかこのまま、そっとして置いてくださいませんか? ……あと少しですから」
それが、きっと正解なのだろう。だけど、私の美しい思い出にはいつもアルワードがいる。私の髪の色にそっくりだと小さな蝶のように揺れる菫をくれた事も、泣いた時に毛布をかけてくれて、黙って側にいてくれた事も、私の中でまだ息づいている。
「――『私』は、今までの人生でずっと我慢を重ねてきたんです。だけど、バルコニーから飛び降りた時にそんな『私』は死にました。今私は、自分の幸せの為に生きています。そんな私の未来に、アルワードは、必要なんですっ。彼から直接拒絶されたのならば、諦めます。だけどそれまでは、私は引きません」
「…………」
「だって私、アルワードを愛しているんです」
当主は静かに、それでいて何処か安心したように「この部屋を出て右に3つ行った部屋だ」と言った。私は直ぐにそこにアルワードがいるのだと分かった。そのまま礼をして私は歩く、愛する人の下へ。もう立ち止まることはしたくない、私は自分の足で生きていくのだから。
そして、ノックをしてから扉を開けた。カチャリと扉の音だけが静寂に響く。先ず最初に目に入ったのは、青空。開いた窓から入ってきた少し冷たさを含んだ風がカーテンを揺らめかしていて、その隙間から青空が覗いている。その青に吸い込まれるように部屋に入ると、ベッドで眠っているアルワードに気づいた。近寄って顔を見ると、彼の顔はコケていた。ベッドの上に無造作に広がった髪にも艶はなくて、手は骨が浮いている。
あまりにも儚いから、私は彼が死んでしまったのかと喉を詰まらせた。だけどそれは杞憂だったようで、息をする事すら潜めると微かにアルワードの呼吸音が聞こえる。
「おは、よぅアルワード」
久しぶりにアルワードにかける言葉は、みっともなく震えてしまった。細い手を大事に私は持って額に当てる。そうすると彼はくすぐったそうに少し身じろぎしてから瞼を開けた。
「お嬢様……? 僕は、夢を見ているのかな」
夢なんかじゃない、私がそう言う前に、アルワードが口を開いた。
「僕は、王子様にはなれないけど貴女を救えたのかな」
あんまりにも儚い言葉は、空気に柔らかく溶けていった。だから私は直ぐに理解が出来なかった。
老婆は言った『もう奇跡は起きている』と。あれが誰かが私に魔法を使ってくれた事を意味していたのだとしたら。まさか、まさか――
「アルワード、貴方は何を対価にしたの?」
魔法は、魔法回路を持つ者にしか使えない。だけど、何よりも重い対価を差し出せば、一般人にも使えるようになる。
ううん、答えなんて分かりきっている。当主の言う事が確かなら、彼が捧げたのは『生命』。それも、あと少しで死んでしまうほどの莫大な『生の時間』。
馬鹿な人。なんて馬鹿な人なのだろう。
「貴方はずっと、私の王子様よ」
そう言ってもう一度額を手に擦り付ければ、彼は微睡むように細めていた目を見開いた。
「え、夢、じゃない? なんでお嬢様が」
「逢いに来たのよ」
彼は怯んだ顔をした。
「どうして、ですか」
「好きだから」
間髪入れずに答えれば、アルワードは頬から耳まで赤くさせた。口をパクパクしていて、少し可愛いと笑ってしまう。
「ねぇ、どうして私に生命をくれたの?」
彼は口をつぐんだ。唇を噛みしめ彼はベッドに横たわったまま涙を流す。その涙はアルワードの眉尻を流れて枕をまだらに染めた。
私が彼の髪を撫でると 、彼は少し安心したようにヘニャリと笑って小さく消え入りそうな声で言った。
「あいつ等が不貞を働く前に戻れば、お嬢様が幸せになれると思ったんです」
「……そうだったの。でも、私はもう全部壊してしまったわ。ごめんなさい」
皆3年後とは違う結末を私が迎えさせた。
私は身を乗り出すようにしてアルワードの目を見つめる。
「私、これからは自分の幸せの為に生きるわ」
「……それがお嬢様の幸せなら。どうか、お幸せに」
「貴方も私と一緒に来るのよ」
アルワードは意味が分からないと言いたげに目を真ん丸くした。愛しさがこみ上げる。
「私の幸せに、貴方は必要なの。好きなのよ、アルワードが。貴方は、私の事は嫌い?」
アルワードは暫く目線をウロウロと彷徨わせた後「好きです。ずっと昔から」と私の目を見て言ってくれた。だけどその言葉の直ぐに顔を曇らせて呟く。
「でも僕は、もう永くは生きられません。……今になって、惜しくなるだなんて」
心臓がツキンと痛む。
「何か、何か方法は無いの?」
「…………」
無言を返される。つまりは、何か方法はあるのだという事だろう。
私は緩くアルワードの頬を突く。
「観念して言いなさーい!」
「……っ、ふふっ、止めてくださいお嬢様。僕は、昔から貴方に敵いませんね」
笑ってから少し咳き込んでから、アルワードは言葉を探りながら言う。
「『運命の欠片』と呼ばれるその魔法は、ある二人の魂を混ぜ合わせてから半分にするという物なんです」
「昔は結婚式等で使われていたようですね」と彼は笑った。
「それ、使いましょう! 私とアルワードで!」
「嫌です」
即断られた。ぶすくれる私にアルワードは小さく笑いながら言う。
「僕はあと1年もしない内に死んでしまいます。つまり、その魔法を使ったら貴女は30年ほどで死んでしまいます。僕は、それが嫌です」
「――幸せじゃないなら、永く生きたってきっと辛いだけだわ。もし明日死ぬとして も、私は貴方と一緒に生きたい」
私はアルワードの額に自分の額を重ねる。
「アルワードが私に生命をくれたように、私も貴方に生命をあげたい。それは、駄目?」
「――……駄目じゃ、ないです。僕も、貴女と一緒に生きたい」
嗚咽をあげるアルワードに、私も堪えきれなくなって涙が込み上げる。
雪が溶けて固く閉じていた蕾を綻ばせるように、私は今幸せだと実感した。
そして、3日後に魔法使いによって『運命の欠片』をかけてもらった私達は、晴れて同じ魂を分け合うようになった。
魔法をかけてもらう時、アルワードと並び合った姿に「結婚式みたいだね」と言うと、彼は「そうだね……ヴァイオレット」と私の名前を呼んでくれた。
そして、その3ヶ月後に小さな教会で本当の結婚式をした。アルワードの体調も大分良くなっていて、私のウエディングドレス姿に顔を赤らめているのが可愛かった。
「では、誓いの口づけを」
私のベールを上げたアルワードに、柔らかく口づけられる。エドリックにされた時とは違い込み上がるのは愛しさだけで、私の頬に涙が伝った。
それからはアルワードは文官となった。私は小さな家で彼の帰りを毎日温かいご飯を作って待っている。
◇◇◇
「おかえり、アルワード。今日はオムライスよ」
「やった、僕ヴァイオレットの作るオムライス大好きなんだ」
帰ってきたアルワードを抱きしめると、抱きしめ返してくれた。
幸せだなぁ。今の私の心には、その言葉がポツリと真ん中にある。
私が選んだ幸せは、とても心地良い。暖かい幸せに満ちたこの小さな家で、私達は生きていく。
花がふわりと柔らかく開くように、私は今、とても満たされている。
「愛しているわ、アルワード」
永遠に、死ぬその瞬間まで。
完結しました!
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