これは勇気ではなくただの"攻略"
何故私が"日比谷 棗"と名乗ったのか。
それはこの名前に意味があるからだ。普通乙女ゲームはデフォルトの名前から自分の名前に変えて始まるものだ。でもこのモノクロではデフォルトの名前にすることで攻略キャラが一人増える。それがこの"アリス"というキャラだ。
「棗様…ですか?」
…現実にいる時点でキャラっていうべきかわからないけど。
「どうしたの?」
「…!いえ、あぁ、ほらこのノート。名前には日比谷棗ではなく今宮紅と書いてますでしょう?」
「あぁ、それはとある事情で今宮紅っていう名前で過ごしてるからだよ。だから本名は日比谷棗なの。他の人の前では今宮紅、そう呼んで。」
「…そうでしたか。まあ、そのとある事情というのはあえて触れないでおきましょう。事情というのは誰しも抱えているものですしね。それで、二人だけの時は棗様と呼んでも?」
「え…あぁ、うんいいよ…。」
「ではよろしくお願いします。マスター。」
…
「それでいろいろ聞きたいこととかあるんだけど。」
「ええ、なんでしょう。」
そう言って薄く微笑むアリス。アリスというキャラはモノクロの中でもトップクラスに攻略難度が高い。だからこそゲームを進めていく上であらゆるシーンで布石を投じないと攻略できないのだ。つまりは、"長期戦"。
___長期戦はあんまり得意じゃないんだけどなぁ。
とりあえず
「人を試すのはやめてくれないかな。」
「…あぁ、良かった。マスターが頭が花畑な人間ではなくて安心しました。」
「…少なくとも初対面でいうセリフではないね。」
その瞬間、焦げ臭い匂いが鼻を掠めた。
____あ、まじか。これ、ガチでリアルか。
まさか本当にここまで再現されているとは思わなかった…。
「どうやら他の契約者が貴方のことに気づいて襲撃してきたようですね。」
「…」
__逃げる…普通はそういう選択肢を取るだろう。しかしゲームのヒロインは立ち向かっていった。今考えると、ただの命知らずのバカだな、ヒロイン。フィクションだからいいけどリアルだとそんなこと言ってられないよ?
でも、でもだ。私はヒロインとは違う。この乙女ゲームを知っているし、実際に攻略もしている。何せこのゲームの制作者は私の兄だ。
お兄ちゃんのゲームに殺されるとかたまったもんじゃない。とにかく兄に、ゲームに、この隣で微笑んで見つめているコイツにむかつく。
誰が襲撃しているか、流れは大体把握してる。これは勇気じゃない。ただの⦅攻略⦆だ。
唯一の救いは…私が"ヒロイン役"であること、デスゲームで殺さなくて済むという点かな。現実にこんなの持ち込むなって話だ。
「アリス。」
「はい。」
「一応、確認で聞いとくけど他の契約者に勝つにはどうすればいい?」
「あぁ、良かったです。マスターがやる気になってくれて。簡単ですよ、殺せばいいんです。契約者を。」
「…うん、だろうなとは思った。」
___やばすぎ。改めてこの乙女ゲームやばすぎ。方向性が乙女ゲームじゃないよ、マジで。
いや、とりあえずリアルに持ち込んでる時点で終わりだオワリ。
しかし、本当にアリスはサポートキャラと言われながらサポートキャラには思えない。殺す以外の選択肢を語らない時点でサポートキャラとしては使えないだろう。あくまでシステムの説明だけ。他の選択肢は自分自身で見つけなきゃならない。これがこのモノクロの難しいところだ。
「じゃあ会いにいきますか。【初心者殺しの契約者】"勝元縁"に?」
「!襲撃者とお知り合いで?」
「まさか。もしかしたら私と同じで違うリアルの人物が勝元縁役をしてるかもしれないし…とにかく、アリスが大好きな"アルク"に会いたいかと思って。」
「アルクのことまで…あんなバカを私が大好き?冗談もほどほどにしてください、マスター?」
「…はいはい、ここの設定も一緒か。」
「?」
「なんでもないよ。」
「勝てる自信はあるので?力もまだ使いこなせないのであれば、殺すのは至難の業…」
「殺す…?しないよそんなこと。とりあえず家から出てってもらうだけ。」
「契約者同士の戦闘で私は手を出してはいけないことになっていますから…ご武運を祈っておりますね。」
「思ってもないことをつらつらと。私と契約したのが運の尽きだよ、アリス。」
「このような面白い者と契約できたこと、私は幸せ者ですね。」
ああ言えばこう言う、ほんと口が上手いやつだ。
ゲームと本当に…変わらない。
紅はそのまま、部屋を出ておそらく敵がいるであろう家の前へと向かっていく。