優等生
電信柱に露本さんが吊るされている。
その首からかかった小さな黒板風ボードには『わたしは理科の教科書を忘れました』とある。
水田地帯の道に刺さった電信柱の列。その一本一本に生徒が吊るされていた。
それは腐敗の博覧会だった。まだ、皮膚が皺になっただけの新しいもの。骨が見えるほど肉が腐り落ちたもの、首がちぎれるまで腐ったもの。脹らみ具合も千差万別だ。
忘れ物をした。廊下を走った。赤点を取った。帰るときに寄り道をした。クラス最下位の点数を取った(これは最も重要な不良素行なので、赤いチョークで書かれる)。
吊るされる理由はいろいろある。ただ、共通点は吊るされたら、みな、舌が三十センチ以上伸びて吐き出される。
「げええー、げええー」
いま、吊るされているのは鈴木の馬鹿なほう。頭のいいほうは三日前に吊るされた。
学校内での不良を片づける都合上、吊るすのは学校が終わった後になる。
担任の大沢先生とあと用務員さん、現文の反町先生が首に縄を巻きつけ、引き上げる。
死刑とかの絞首刑みたいに落として、体重で首を折るわけではないから、死ぬのに時間がかかる。
苦しんだ顔、紫色の顔、舌を吐き出せるだけ吐き出す。首にかかった黒板用ボードには『わたしは数学のテストでカンニングをしました』とある。
つまり、僕の答案をカンニングしたということだ。僕のクラスには、もう僕と馬鹿なほうの鈴木しか残っていない。ふたりだけ――いや、ひとりだけだ。
みんな、馬鹿ばかりだ。優等生のふりをするだけなのに、それもできないんだから、死んで当然だ。
「大沢先生、さようなら」
「ああ。蒔田か。車には気をつけて帰れよ」
「はい」
げええー、げええー、と鈴木の馬鹿なほうが苦しんでいる。死ぬのにあと、十分ってとこか。
「ただいま」
「あら、しょうちゃん。今日は早いのね」
「今日のテストは数学だけだよ」
「そうだったわね。で、どんな感じ?」
「九十点以上は間違いなく取れた感じ。まあ、どのみち、クラス一位は間違いないんだけどね」
「どうして?」
「鈴木が吊るされたから。クラスには僕ひとりだよ」
「鈴木くんって、中殿のほうの?」
「違う。馬鹿なほうの鈴木」
「そんな言い方しちゃだめよ」
「でも、実際、馬鹿だ。いや、みんな馬鹿だ。馬鹿だから吊るされるんだ。僕は絶対に吊るされないね」
「もう。あ、そうだ。露本さんからいただいたメロンが食べごろなんだけど、食べるでしょ?」
「うん。もちろん」
「大沢先生、採点ですか?」
「ええ。数学も受ける人数がだいぶ減りましたからね。一時間もかからんのです」
「クラス一位は誰でした?」
「蒔田です。97点」
「学年一位ですね。蒔田くんは優秀ですからなあ」
「それに、クラスメートがもういないから、何点でもクラス一位です」
「ということはクラス最下位は?」
「もちろん、蒔田です。ひとりしかいないんですから」
そう言いながら、大沢は黒板型ボードに赤いチョークで『わたしは数学のテストでクラス最下位の点数を取りました』と書いた。