史上最強の魔王、ソロプレイの勇者に倒される~これって勇者っていうより暗殺者じゃないですか
ありがとうございます~
「お兄様、本当にたった一人で行かれるのですか」金髪の美少女、俺の妹シェリーがすがるようにそういう。
「ああ。」俺は短く返す。
妹も理解しているからだ。歴代最強とうたわれる魔王ジグムンド率いる魔王軍の進行は凄まじく、王国の戦力は防衛に割かざるを得ない状況にあり、少数精鋭での魔王討伐などという無謀に協力する余裕、蛮勇を持つものはいないということに。
「ではせめてこれだけでも持って行ってください。」そう言って妹が差し出したのは、まだ成人もしていない王女であるシェリーが腰に携えるにはあまりにも不釣り合いであった、装飾のない無骨な剣。
「ミスリルのみを用いて王都一の鍛冶師に作らせました。ぜひ...。」俺の不満げな顔に気づいたのか。言葉はそこで途切れる。
ミスリルという金属は一部地域で少量しか取れない貴重な金属であり、その加工にも莫大な魔力を要する。そして、加工されたミスリルに魔力を通すと魔力はそこにとどまり、注いだ魔力に比例して加速的にその強度は増す。しかし、逆に言うと魔力を流さなければただの鉄と変わらず、純粋なミスリルの剣など実戦で使うには魔力がいくらあっても足りないのだ。だから通常はアダマンタイトなどとの合金として扱う。大方血もろくに見たことのない妹は希少金属として有名で、古来から奇跡を起こすと伝わるミスリルをふんだんに用いれば名剣ができるとでも思ったのだろう。
「銘はエクスカリバーか。魔除けぐらいにはなるかもな。」そう言って俺はその剣を右腰に結わえる。
シェリーが不安そうな眼で眺める中、俺は言う「俺の不在は任せたぞ。安心しろ、魔王は必ず倒す。」そして俺は城を出る。
そうだ、俺は魔王を倒す。いや殺すのだ、確実に。
魔王討伐など無理だとどこかで思いながらも俺を信じる国民のために、そして俺の無事をただ願う妹のために、それになにより...
アーサー、人類最強の戦士と認められている俺の名を汚さぬために
さて魔王討伐といったがいったいどうやって単騎であの恐ろしい魔王、卓越した闇魔法を用いて瞬時に地上を地獄にする魔王を殺せるというのだろうか。奴の魔術の腕に並ぶ者はいない。奴の魔法のテリトリーに入ろうものなら大雨の粒ほどの数の、ただし大きさは人ひとり覆いつくすほどの獄炎が襲うだろう。消し炭さえ残らなかった町は両手、両足をつかっても数えきれない。仮に近接の間合いに入ったとして奴には鉄壁の魔装がある。敵の魔力を覆いつくし、無効化するその魔法は、魔術を消し去り、剣をただの鉄塊として跳ね返す。なすすべのない戦士を嘲笑い、絶望したところを配下の魔物になぶり殺しにさせてきた。そうして、わざと逃がした者たちから民衆へと絶望を伝播させ、心を折るのだ。
そこでカギになるのが、俺の魔法属性と王家に伝わるある秘宝だ。まず、俺の魔法属性だが、光属性という。光といってもそれは太陽から降り注ぐ光とは少し違う。この光は、はるか昔魔物になすすべなく蹂躙される人類を哀れに思った神が人類の中でも最も勇敢な人間に授けたものだと言い伝えられている。どうも信じがたい、胡散臭い話だが、その人間の末裔が王家一族だというわけだ。世代を経るにつれて王家のものでも光魔法を発現するものが減ってきている中で先祖返りといわれるほどの魔法強度、魔法量を持って生まれたのがこの俺だ。この光属性、誕生の経緯からすれば当たり前だが魔物に特大特攻をもつ、当然奴ら魔族にも効果は絶大だ。これが一つ目のカギ。
そしてもう一つの宝具、見た目は指輪の形をしているこの装備の効果は単純、魔力を貯蓄できるというものだ。しかし単純なその能力は実に強力であり、魔力が充填され光輝いた指輪から発動された大規模魔法は過去にいくつのの戦況を覆してきた。そのためこの指輪は対魔族戦の秘密兵器でもあり、厳重に保管されていた。当然こんな無謀な戦いに持ち出すことが許されるはずないので、こっそり持ち帰ってきた。俺の光隠蔽で透明化すればちょちょいのちょいだ。堂々と指につけて家を出たので妹は気づいていただろうが。
「今頃将軍大慌てだろうな~。」
おそらく誤魔化しが苦手ながらも俺をかばっている妹を想像して、脳内の、帰ったら謝ることリストに項目を一つ加える。
そうこうしているうちに俺は魔界の入り口、死の森にたどり着く。その森は青々として名前に合わないように感じるかもしれないがそれは違う。確かに死んでいる森ではないが、入ると死ぬ森なのだ。人界と魔界の境界に位置するこの森は世界最大級の魔力だまりであり、そこに生息する魔物はどれも凶暴かつ強力。侵入した弱者は人族だろうが魔族だろうが問答無用で餌になる。
「ま、その分魔力をためやすくていいんだけど。光隠蔽。」
魔力だまりは魔物が強力になるがその分、自分の魔力もたまりやすいのだ。指輪に魔力をためる必要がある俺にとってこの土地は好都合だ。そして世にも珍しい隠蔽魔法だ、光隠蔽のほかには一部の魔族のみ使えるという闇隠蔽ぐらいなものだろう。いかつい顔をした魔物もこの魔法は知らないらしく気づかれない、戦闘することなく、俺は森を進む。でかい図体に天に反り返る強大な牙をそなえた魔物の気色悪い長い鼻がこちらを向いた時と、豚みたいな顔をした宙ぶらりんの毛の生えてない鳥の耳がこちらを向いたときはさすがにバレたかと焦ったが。
無駄な戦闘を避けるためにゆっくりと慎重に半月ほどかけて森の中間あたりを超えたころ。そいつは突然現れた。
「あれれ~。こんなところに人間さんだ~。」
夕暮れ時、暗闇の中から現れたのは妹と同じぐらいの年の少女、ただしその尖った耳と尾てい骨のあたりから飛び出るしっぽ、そして背中から生える小さな羽が彼女、いや、これ、が人外の化け物であることを示している。
「...。」油断した。あたりに魔物はいないと思い、魔力節約のため光隠蔽を切っていた。こんなところにまさか闇隠蔽を使う魔族がいるとは。俺は周囲にさらなる敵がいないことを索敵で確認しつつ、こいつを殺すための魔力を素早く練る。
「魔王様に森の監視を任されてさあ~。誰も来ないし、あやうく退屈で死ぬところだったよ~。」
やけにしゃべる奴だ。バカめ!俺の内に秘めた魔力にも気づかずに呑気に。
いや待てよ。こいつ今魔王様と言ったな。やつの居場所を知ってるかもしれん、ここは一芝居うとう。
「ひっ! ひえ~。 ま、魔族だ~。おいらは魔王の居場所を偵察して来いって、言われただけなんです。どうか見逃して下さい。」
芝居は初めてだ。これでいけるか!?
「ふ~ん。魔王様の居場所?人間攻めるのも余裕だから、今はこの森を抜けてすぐの魔王城でとらえた人間で遊んでるらしいよ。でも見逃すのはダメ!それじゃあ監視の意味ないじゃん。キミって頭悪いのかな?」
魔族の分際でこの俺をバカにしやがって、くそったれ!だがうまくいった魔王の場所はわかったぞ。こいつはもう用済みだ。
俺は魔力を開放する。
「なにこの魔力っ!? もしかして勇者。ひい~。見逃してください、許してください、命だけは。」
やつは態度を一変させる。先ほどまでの苛立ちからかその変化がすこし気持ちよかった俺はやつに更なる絶望を与えるために畳みかける。
「見逃すのはだめなんだろ?それに俺は魔王を急襲しに来たんだ。お前の口から俺のことが伝われば警戒され作戦が水の泡だ。」
光魔法には闇魔法のように相手の脳を操作する下種な魔法などないのだ。
「えっ。 もう...。」
こいつ今なんといった?
「なんといった!?」
「は、はひ!すみません、もう連絡送っちゃいました。あなたを見つけてすぐに使い魔を。」
なん、だと!?
「おい、そいつは呼び戻せるのか、できるのなら今すぐやれ!」
俺は女魔族に詰め寄り、首元をつかみながらそう言う。
「できます!すぐ呼び戻すので命だけは助けてください~。」
この間にもこいつの使い魔がほかの魔族に接触するかもしれないのにコイツは...!
「わかったから、早くしろ急いで呼び戻せ!」
「ありがとうございます~。」
「ふぅ~。どうやら間に合ったようだな。」
しばらくしてやつの使い魔のドブネズミが帰ってきた。
「ドブネズミじゃなくてハムスターです!もうこれでいいですよね?私逃げますね、約束ですもんね!勇者様!」
勇者を強調してやつはそう言う。
「いや、「やっぱり殺すんですか!?嘘つき!」...最後まで話を聞け、ここで逃がしたらお前がそのあと何するかわからないだろ?「なにもしませんよ!」...お前に拒否権はない、殺されたくなかったら俺と一緒に付いてこい」
「...はい」
俺が有無を言わせない様子でそういうと女魔族は諦めたようにそう言った。本当は殺すのが一番楽で人類のためにはそれが正解なのだろうが、ここで約束を破ってこのザコを殺すのは俺に後味の良くないものが残る。それはきっと魔王戦で響いてくるだろう。こうして俺の旅に思いもよらない同伴者が加わった。コイツは捕虜みたいなもんだ、断じて仲間ではない。俺はソロプレイだ。
「お前ここらの監視任されてたんだろ?近道ぐらいしらないのか?」
「知らないよ!私いっつも空飛んで移動してたから地形なんて関係ないんだもん!」
「チッ」
死の森を抜けるのには結局、後半分も前半分と同じぐらいかかった。精神的疲労はもっとだったが。しかしそんな疲労はすぐ吹き飛んだ。自然と笑みがこぼれる。俺が待ち望んでいたものが目に入ったからだ。奴が言っていた通り死の森を抜けるとかすんでみえるほど小さいが俺にははっきりと分かった。文明レベルの低い魔族どもに似つかわしくないあの豪勢な城こそ魔王城なのだと。
「にやにやしちゃって。そんなに嬉しいの?」
女魔族、リリムが馬鹿なことをいう。
「当たり前だろ。あそこにあのくそ野郎、魔王ジグムンドがいるんだぜ?お前でも感じるだろ?こんな遠くでもビシビシ伝わってくる隠す気のない奴の強大で邪悪な魔力をよう。」
もし奴が死の森を通るとしたらさえぎるものすべてを焼き払いながら真っすぐつき抜けるだろうと感じさせるような魔力だった。
死の森を抜けてから魔王城まではこれまでと打って変わって巨岩がごろごろしており、草木はまばらに生えているだけの砂漠だった。魔界のイメージとは違いこのあたりの日差しは刺すように鋭かった。
「見晴らしが良過ぎるな。」これじゃあ迂闊に近づけない。
俺たちは森からそう離れないところにある巨岩をくりぬいてそこを仮拠点にした。
「ねえ~勇者様~。どうやって魔王様を倒すつもりなの?魔王様には近、中、遠接戦どれでも使える万能の獄炎魔法があるし、攻撃しようにも闇魔装で防がれちゃうよ。それに魔王様の周りには幹部魔族、四天皇がいるだろうし。負けないだろうけどたどり着く前に消耗しちゃうよきっと。無理だって!諦めて帰ろう?いっしょに。」
帰るものか、そしてなぜお前と一緒になのだ。
「魔王を殺す策は単純明快だ。剣、いやそっちのミスリル100%のゴミじゃない、このアダマンタイトとミスリルを1:3で混ぜたものに竜の角を溶かして作られた竜王剣ファフニールだ。この剣に指輪にたまった魔力を染み込ませ、それを魔王に遠距離から投擲する。単純だろ。」俺は指輪をリリムに見せながらそう言う。
「はぁ。うまくいくの?」あきれたような顔をする。
「お前は光属性の性質を知っているか?例えば火属性なら崩壊、お前の闇属性なら浸食を司るといわれている。俺の光は消滅だ。魔物を一片も残さず消滅させるエネルギーを真っすぐ超速で飛ばすのは俺の最も得意とするところだ。」
俺がかつて解放した魔力の色を思い出したようだ。リリムは顔を青ざめさせた。
「封印されし記憶がよみがえったよ~。ブルブル」
だが確かに簡単にはいかないだろう。いくら超速とはいえ察知されてしまえば、避けられてしまう可能性が高く、また厄介なのが四天王どもだ。魔王に比べると感じる魔力はカスみたいなものだが盾になって攻撃を減衰させることぐらいできるだろう。第一魔王城の場所が問題だ。見晴らしが良過ぎる。これじゃあ俺の遠距離攻撃の射程に入る前にその辺をうろうろしている魔族どもに気づかれてしまう。
「じゃあ、どうするの?」リリムが覗き込むようにして尋ねる
「どうしようもない「ヘッ?」・・・。」ひどく間抜けな面だった。
「どうしようもない。やつが魔王城をでるのを待つしかない。」苦渋の決断だった。
「うごかないね、魔王様」
「ああ」
一週間経った。
「全然、動かないね、魔王」
「ああ」
二週間経った。
「もう一生あそこに住むんじゃないの?魔王討伐やめちゃえば?」
「そうだな。お前はもうどこへなりとも行っていいぞ。」
「いや」
三週間経った。
四週間が過ぎたころ、魔王城に遂に動きがあった。ただし内からではなく外からである。生きた人間が百人ほど魔王城の中に運び込まていった。
「もう限界だ。特攻覚悟で一か八か正面から攻め入ろう。」
運び込まれた人間達は食われるにせよ、遊びに使われるにせよ、碌な末路が待っていないのだけは定かだった。それに、こうして魔王を観察している間にも人界では魔族が優勢でたくさんの被害が出ているであろうことは魔王、そして四天皇が呑気に魔王城で人肉パーティーに興じようとしていることからも明らかであった。
「絶対無理だよ。勝てないよ~。」リリムが泣いて俺の腕をつかんで引き留める。
「お前には関係ないだろ!いいから離せ!」無理やり引きはがす
「わからずや!じゃあいっしょにいく!」何を言っているんだコイツは。
「ダメだ!ついてくるな。」そうこうしているとこの辺りでは珍しく天気が曇りだし、雨まで降ってきた。
「私がどうしようが、私の勝手でしょ!どうせ私のことなんてなんとも思ってないんだろうし!」
そう言われて俺は気づく、いやすでに気づいていたがやっと口に出す決心ができたのかもしれない
「お前、いや、リリムのことは大切に思っている。だから傷ついてほしくないんだ。」
「うっ。ほんとに?」リリムは驚きつつも頬が緩むのが止められないようだ。
空はますます荒れていく、雷の光だけがぴかっと先走って落ちる。
「ああ本当だ。」
雷鳴が遅れてとどろく。
雷鳴にインスピレーションを得たからか、リリムを監視対象から仲間へと認識を改めたからかわからない。俺には名案が浮かんでいた。魔王城の周囲に散らばる雑兵の目を搔い潜り、魔王に意識外の一撃を与える名案が。すぐさまそれをリリムに伝えると。彼女はいつもの、あの、心の底から喜んでいるのがわかる人懐っこい笑みを浮かべた。
俺は今非常にみっともない恰好をしているだろう。具体的には自分よりも三つは小さいであろう少女に両の脇の下から手を入れられて持ち上げられているという格好だ。俺の言う名案とはつまり"雲の上からならいくら何でも避けられないだろう作戦"だ。俺は光属性なのでもちろん空中飛行はできない。「自信満々でいうな~。重いんだよ!」空中飛行は卓越した風魔法使いの特権だ。まあ似たようなこと、いやもっとすごいことはできるんだけど。「じゃあそうしてよ!」魔力を無駄にすることはできない。
「この辺でいい?」
リリムが小さい羽を一生懸命パタパタさせながら俺に尋ねる。
「もう少し左かな。...ストップここだ。」
俺たちは今、敵の索敵範囲内に入らないよう遠回りして魔王の丁度真上に移動した。
やつの隠そうともしない邪悪な魔力が俺たちの真下でギラギラしている。
「打合せ通り、俺の合図で手を放してくれ。俺は落下しながら攻撃を放って地面に落ちたらそのまま急いで逃げるから、リリムもできるだけ早くこの場から逃げてくれ。」
この後のことをシミュレーションしながら俺は最終確認をする。
「どこで落ち合うの?」リリムがそれを忘れてたらダメだと言わんばかりに言う。
「もちろん忘れてない、仮拠点で落ち合おう。もし敵に見つかり、振り切れなかったら俺たちが出会った場所、そこで集合だ。」
「うん、早く戻ってきてね」俺は無言で頷く。
「よし、離してくれ」集中を高めていく。
「じゃあいくよ、3、2、1,イケー」
瞬間、自分の体に支えがなくなる。まず指輪の魔力を素早く全開放して右手に逆手にもったファフニールに染み込ませ、纏わせる。その魔力が形作ったのは槍であった。この間一瞬に満たない、俺の卓越した魔力操作のなせる業だ。これに手間どって敵に魔力を感知されては意味がないのだ。狙いは魔王の魔力の中心、つまり魔石だ。人族は持たず魔族にのみ備わるこの臓器は魔族に強大な力を与えるが、破壊されれば生命活動を維持できない。
そして体を深くねじりできるだけ腕大きく振り、投げる。
「貫け、グングニール」
振り抜いた瞬間俺は命中を確信した。俺は魔王の元へ自由落下しながらその行く末を見届ける。
収まることのない落雷により照らされる空、その中に一瞬何か別種の光が混じったような気がした、そしてその感覚は間違いでなかったことが証明される、地を引き裂く轟音によって。
魔王城の屋根をぶち抜いてもグングニールの威力は全く弱まらない、その切っ先も魔石を向いたままだ。魔王は反応できない。グングニールは狙いから寸分もずれず魔王に衝突していた。魔力を吸収し、攻撃を無効化するやつの闇魔装もこのグングニールの一点に集中された光魔力を前には何の意味もなさなっかった。
魔王の魔石は貫かれたあまりにもあっさりと
俺が王の間に着地したとき、丁度グングニールの余波により吹き飛ばされた四天王達が立ち上がろうとしていた。さすが四天王というだけあって大した傷は負っていないようであった。
しかし、俺の目が釘付けになったのはそこではない。グングニールにより貫かれ、ぽっかりと穴の開いた魔王の胸でもない。魔王という名から連想できない、冷酷とは真反対の若い優し気な顔つきでもない。やはり彼が魔王だと確信させる雄々しい2対の角でもない。俺が目を離せなかったのはその角の付け根の間、額の真ん中で赤く光る魔石であった。
俺は瞬時に理解した。魔王は魔族の頂点に立つものであり、魔王ジグムンドはその魔王たちの中でも最強と謳われる存在であった。その強さには秘密があったのだ。普段は魔装で隠れていて気付かれないが、通常は一つしか持たない魔石を二つ持っていた。そして同時に彼もまた闇隠蔽の使い手であったのだ。普段は額の魔力を隠し、自分の実力を隠していた。
額の魔力が解放され、奴の胸の穴が閉じていく。魔王の力はだいぶん減っているだろうが。それでも魔王と四天王全員相手に生きて逃げるのは不可能だろう。俺は魔王を殺さなくてなならない。残してきたもののために。奥の手を使うことを決心する。空中飛行よりもっとすごい技だ。
「光転移」
そうつぶやいた瞬間、俺の体内の魔力がごっそり持っていかれる。そしてそれを合図に趣味の悪い魔王の間から溶岩地帯へと視界が変わる。
逃げたわけじゃない
俺は転移の瞬間奴に触れ、この術式に奴を巻き込んだ。
「なあ、魔王」もう奴の胸はふさがっていた。意識は戻っているはずだ。
「ふっ。気づかれてたか。」たった今、胸に大穴を開けられ、魔石を失ったというのに妙に機嫌がいい。不気味な奴だ。
「それにしてもすごい魔法だね~転移魔法。ここはどこだい?」溶岩の吹き出る周囲を見回す。
「西の竜の住処だったところだ。安心しな、俺の増援はいねえよ。まあお前のお仲間もすぐにはこれないだろうがな。」俺は正直に答えた。
「君は勇者というにはすこし野蛮な感じがするね」不思議と嫌な気はしなかった。
「お前は魔王というには弱そうだ。」そう言って俺は右腰にさしてあるガラクタを抜いてなけなしの魔力を込め切りかかる。今の俺にはもうほとんど魔力が残っていない。奴も魔石を片方失い、胸の修復に魔力を大量に消費したとはいえ俺の倍は魔力が残っているだろう。奴の獄炎魔法を掻い潜れるだろうか。
「来い、グリム」
しかし俺の予想に反して奴は陰から漆黒の剣を取り出し、俺を迎え打つ。数回打ち合ったところで俺は距離を取る。
「おい、魔王、なぜ獄炎を呼ばない」奴の瞳をみて言う
「ひどいなまったく、君が僕の魔石を一つ壊したから、体外に魔力を放出できなくなっちゃたんだよ。僕はもう剣士になるしかなさそうだね。」
俺は驚いた。先ほどからのコイツの緩い雰囲気は俺をいつでも殺せると考える余裕からくるものだと思っていたからだ。
「では、もう一つ問う。なぜ貴様、転移を妨害しなかった。」
そうなのだ。転移直後の奴の冷静さから推測すると、奴の意識は転移前から戻っていたはずだ。体外に魔力を放出できなくとも体内で魔力を回すだけで俺の転移は妨害できる。転移なんて馬鹿げたことはそう簡単にはできないのだ。
「今の君と一緒だよ勇者。僕は君をただ殺したいんじゃあなくて、君に勝って殺したいんだよ。」
俺と同じ?
「僕は君をずっと待っていたんだよ。近くに来ているってわかっていたしね。確かリリムだっけ」
なぜコイツの口からリリムの名がでる
「急に連絡取れなくなったって聞いたんだよ。へまをして魔物にでも食われたんじゃないかってみんなは言うわけ。あそこの魔物はどれも強いからね。」
続けて言う
「でもそこで僕は使い魔はどうだって聞いたんだ。そしたらいないって。そこで僕はピンときたよ。ほら彼女の使い魔って非戦闘型のたしかドブネズミだったろ」
「ハムスターだ」
「そうそうハムスター、だから主人に何かあったときはすぐ援護を要請するように躾られてるんだ。そのハムスターもいないってことは危険を察知する前に殺されたか、もしくは侵入者に懐柔されたかのどちらかだ。それで僕は勇者が来たに違いないって思ったわけだ。ここは勘だけどね。
でもぜーんぜーん攻めてきてくれないんだもん。困っちゃてさ。しかしやっぱり君は勇者だね。人間の捕虜見せたらすぐ来てくれたんだもん。まさかあんな方法だとは思わなかったけど。ちなみに捕虜はもう全員食べちゃったよ。ちょっと遅かったね。
ああ、そうだ。良い事思いついた。
あの裏切り者、あの強者に尻尾を振ることしか能がない弱者を生きたまま鍋にしよう!」
俺は何も返さない
「チェ、つまんないなあ。全然怒らないよ。恋仲になってるっていう僕の予想ははずれか~残念。」
「お前と同じだよ、俺は」
こいつの言葉はもちろん不愉快だ、しかしコイツの狙いが見え見え過ぎていまいち頭に血が上らない。
怒り狂って全力を超えた力を出す俺を叩き潰したいのだ、コイツは。世界で最強であることを自分自身に証明したいのだ。俺は、そしておそらく歴代最強と謳われるコイツも、物心ついた時から自分にかなう相手などいなかった。常に自分が頂点であることを誇りに思っていた。そして同時に自分と同じステージに立つ者がいないという、誰も自分の実力を真の意味では理解してくれないという孤独を抱えていた。そんなところに現れたのだ、自分と同じく最強の名を名乗るものが。
「安心しろ、今から全力で行く」そう言うと奴の頬が綻ぶ。
「そろりゃ、良かった「お前を...。」キミを...。」
「「殺す」」
上段に構え俺は豹のようにしなやかに奴の元へ走る。そして切りかかる瞬間、上段に構えていた剣を横に倒し、そして剣を回転させるように手首を返して奴の太ももに切りかかる。足を失えば剣士に勝ち目はない。奴は俺の上段を受けようと剣を高い位置で構えていた、これは防げまい。
その時、奴の体が一気にのび、がら空きの俺の首元を狙う。しまった!とっさに首をねじりつつ後退した。なんとか皮一枚で済んだ。
奴の剣の腕を侮っていた。さっきまでの俺なら死んでいた。
表情を変えず再び俺たちは切り結ぶ。2撃、3撃と打ち合っていく、もうお互い、自分が誰なのかも、何のために戦っているのかも途中からわからなくなっていた。アーサーは故郷や仲間のこともこの瞬間だけは頭から消えていた。ただ目の前に存在する相手を切り殺す、そのためだけに剣をふるっていた。そうしているうちに、体感では一瞬のように感じるあいだに、魔力が底をついた。やはりミスリルの剣は消耗が激しい。
そして奴のほうだがこいつももう魔力がなさそうだ。奴の黒い剣これもどうやらミスリルで出来ているらしい。本来ミスリルとは美しい白銀色に輝くものなのだが、おそらく普段は獄炎をまとわせて使っていたのだろう。あの黒は消し炭が染み込んだものと思われる。
「我は魔王ジグムンド、2つの魔石を持って生まれた魔王の中の魔王。我の獄炎の前に立てるものなし。世界最強を示すために勇者アーサーを斬る。」
次の一撃で勝負が決まることを悟ったのか奴が名乗る。
「俺は勇者アーサー、俺の力は初代勇者より受け継ぐ。俺の光は何をも貫き通す。俺が最強だと俺に教えるため、魔王ジグムンドを滅ぼす。」
この名乗りを聞いているたった一人の相手に、これから死ぬ相手に、お互い己の名を知らしめる。
同時に駆け出す。そしてありったけの魔力を込めた己の刀をただ真っすぐ振り下ろす。力と力の勝負だ。
頭上に構えた剣が振り下ろされて加速するとき、不思議なことが起こった。
両者の剣が輝きだしたのだ。この現象は見覚えがある、大量の魔力をミスリルに込めたときに起きる現象だ。
しかし、我々は知っている、両者にもう魔力が残っていなかったことを。ならば当然この輝きは何を燃料にしているのかがわかるだろう。そう。
魂だ。
両者の強固という言葉で言い表すには異常なほど勝利に固執する精神が物質世界に魂を呼び出した。
そして魂を魔力へと変換し己の剣に込めたのだ。
振り下ろす終盤、2つの剣が衝突する寸前にはすでに二人は死んでいた、内側から。
魂が焼失したためだ、これは当然である。
ただ肉体が脳いや魂からの最後の命令、剣を振り下ろして目の前の相手を叩き切るという命令を実行しようとする。
剣と剣が触れ合う。
その瞬間凄まじい衝撃波が発生し2つの死体は跡形もなく消し飛ぶ。支えを失った剣はただ作用反作用の法則に従い、背後へ吹き飛ぶ。
奇跡を生んだ要因は主に3つある。
まず一つは両者の剣が世にも珍しいミスリルの金属でできていたこと。この金属は魔力に何の抵抗をもしめさい。
二つ目は二人の剣士が己の魂ほとんど消費するほど一撃に闘志を込めていたこと。
三つ目は接触時間が極めて短く、剣に込められた魔力が十分に消費されなかったことだ。これは肉体が消滅し支えを失ったため、そして二人の実力が均衡していたためである。
結局のところ何が起こったのかというと消費されず行き場を失った魔力が元の姿、つまり魂に戻り始めた。そして魔力を受け入れるミスリルの剣は魔力の変異体でもある魂を受け入れそこに閉じ込めたのだ。
そうして生まれたのが物を言う口も持たないのに意思をもち、時として使用者に助言をしたり、操ったりする聖剣と魔剣であった。
衝撃波により吹き飛ばされた二つの剣の一方
南方に飛ばされ凶悪な魔獣はびこる海の底に沈んだ魔剣の銘をグラムと言い
もう一方
北方に飛ばされ人に知られぬ霊峰の頂に刺さった聖剣の銘をエクスカリバーと言う。
聖剣と魔剣は待ち続けている、己にふさわしい者が現れるのを。
感謝感謝