貿易摩擦に神が出るのは、神ではなく人の都合
国内が安定し、隣の国とも仲直りした。順風満帆に思える時ほど気をつけねば。
大国が繁栄を妬んで横やりを入れてきた。貿易摩擦が宗教まで絡んできて、大ごとになりそう。
戦争でも死者を出したくないウオルトは、攻め込んできた敵軍にどう対処するのだろう。
22.貿易摩擦
定住し衣食住や医療が充実してくると、人口は増加する。それに伴い国力も上がる。
放牧地をめぐりながら、他国との交易をする部族も出てくる。老人や子供など気遣う必要のある者がいないため、荷物に余裕ができ、より多くの品物を運ぶことができた。
特に交易が盛んにおこなわれたのが、南に位置するモリグル王国。大陸中央部に栄えた強国である。通貨単位は大陸共通のリンを用いている。
連盟国から持ち込まれるのは革製品、絨毯・タペストリー・寝具などの羊毛製品。これらは王国で一度加工されたもの。さらに王国の鉄器、ガラス、塩、干物などなど。
特に羊毛の寝具は王侯貴族の間で貴重品扱いされ、高値で取引された。
当初、モリグル王国は北からの珍しい輸入品が喜ばれていた。しかし、国庫の金貨が勢いよく出費されるのを見て、財務大臣が危機感を持つようになる。
国王は進言を受け、輸入に制限を架けようとした。それが逆効果を招き輸入品が希少価値となり、金貨の流失に拍車をかける結果になった。
モリグル国王カシオス4世にとって、頭の痛い問題であった。高い関税をかけようとしても貴族や商人、民衆がこぞって反対を表明。輸入超過の対応に打つ手がなかった。
ザイ・カダル連盟国に対処を依頼してものらりくらりと言い訳ばかりで相手にならず。後ろでイサマイン王国が糸を引いているのは周知の事実。イサマイン王国に親書を出しても、『モリグル王国とザイ・カダル連盟国の問題で、当方は関与していない』と、木で鼻をくくったような返答。
モリグル王国が貿易戦争を解決するには武力戦争を仕掛けて影響力をそぐか、からめ手から揺さぶるか、家臣団の検討の結果、拝神教団の手を借りることで意見が一致。教団に任せてしばらく様子を見ることになった。
拝神教は大陸でもっとも強い影響力を持つ宗教。人口の半分程が信仰しているといわれていた。ただし、イサマイン王国では、龍の伝説から、民間信仰として竜神教が幅広く流布されていた。イサマイン王国での布教活動の面で、拝神教にとっては目障りな存在。しかも近年、龍の化身が数々の奇跡を起こし国力の隆盛に寄与していると噂されている。竜神教の信徒が増えることは一神教である拝神教にとっては看過できない問題になりつつあった。
モリグル王国から多額の寄進とともに、イサマイン王国の国政に魔女の影があるとの告発がなされた。もとより快く思っていなかった拝神教の対応は早かった。
即座にイサマイン王国に対しモリグル王国総支部のテイドル総司教の名で詰問状が送られる。弁明のためモリグル王国に出頭しろというもの。
その日、タツキとウオルトは国王に呼び出された。私的の会議室を訪れると、内大臣、国防大臣など主だった重臣が顔をそろえていた。
「拝神教から書状が届きました。タツキ様に魔女の疑いがかけられております。言いがかりだとしても教団に表立って敵対はできません。王子のお考えをお聞かせ願います」
内大臣の言葉に、ウオルトは
「私が行くしかあるまい。タツキも同行してくれるか」
「もちろんじゃ。人の身の分際で神の意を語るなど不遜も甚だしい。わしが直々に諭してくれよう」
「タツキ様、テイドル総司教には寄進の金額次第で白いものも黒くなるとの噂があります。十分にお気を付けください」
内大臣の忠告に
「心配無用じゃ。わしを傷つける人間はおらん。ウオルトの身を心配せい」
国王の決済がおり、対応は決まった。
50人の護衛と10人の随行員を伴ってウオルト達は旅立つ。騎馬と4台の馬車に分乗した一行は、ウオルトの指示で急がないため、20日ほどで到着する予定だ。
旅は午後の早いうちに宿場に入り、日が上がってからゆっくりと出発する。モリグル王国が何か仕掛けてくると読んでの行動だ。タツキがいるので何があっても対処はできる。しかし、暗くなってから襲撃を受けた場合、不測の事態が起きないとも限らない。それへの配慮である。
連盟国とモリグル王国の国境の峠道。一段と道幅が狭くなったところを、中央に馬車を配置し騎馬隊は一列で進む。突然、馬車に向けて周囲の森から弓矢の攻撃が始まる。
矢は中央の最も豪華な馬車に集中し、瞬く間に数十本の矢が刺さる。鬨の声とともに山賊風の男たちが森の中から飛び出して馬車に向かって襲い掛かる。勢いよく扉を開け、中をのぞくが無人。ほかの馬車へ向かおうとすると、突然空が暗くなり雷が鳴り響き、近くの木に直撃。木は一瞬で燃え上がる。武器に雷が落ちるのを警戒し剣や槍を投げ捨てる襲撃者。そこへ他の馬車の中で待機していた近衛兵たちが襲い掛かる。
襲撃者たちは次々に取り押さえられてゆく。抵抗が一段落すると雷雲も消える。
あらかじめ襲撃を予想して近くに待機していた連盟国の国境警備兵に、襲撃者を引き渡し、背後関係の尋問を行う。剣の使い方、統率の取れた襲撃からモリグル王国の正規兵だと推察される。タツキの魔力で洗いざらい尋問に答えるが、上司からここを通るものを襲撃するよう命じられただけで、詳細は知らされていなかった様子だ。国境警備兵に連行と背後関係の洗い出しを依頼し、一行は旅を続ける。
23.交渉決裂
ウオルトは、モリグル王国内に入ってからの襲撃は言い逃れができず、両国間の紛争に直結するため、行われないだろうと判断していた。予想通り、その後は順調に進み、王都コルアの手前でカシオス4世の使者の出迎えを受ける。
「ウオルト殿下、よくお越しくださいました。お疲れでしょうからまずは宮殿にご案内いたします。テイドル総司教にはその旨、連絡済ですのでご安心ください」
その夜はカシオス4世主催の歓迎会が遅くまで開催された。歓談の席上
「ウオルト殿下、貴国はザイ・ガダル連盟国と友好関係と聞く。貿易面での摩擦は起きていませんか」
探るような口調での質問に対しウオルトは
「輸入品も多いですが、我が国の製品も相当数買い入れてもらっています。持ちつ持たれつで、友好的な関係を築いております。貴国も連盟国との間で貿易が盛んだと聞き及んでいます。これを機に3国で友好的関係を築いていきましょう」
「そう願えればよろしいのですが、利益が偏りすぎると問題視する家臣も現れますから」
腹の探り合いが続く中、閉宴を迎える。
用意された部屋に戻ると、ウオルトとタツキは宮殿内の様子や今後の対処について話し合う。タツキの侍女4人も同席する。
マヒロが宮殿内の噂話をまとめて報告。
「カシオス国王は優柔不断で、決めるのが嫌いなようで、家臣の声に左右されます。今回の件も家臣団と拝神教の思惑が強かったようです」
「特に有力3候の強硬な発言が王を動かし、利害が一致したテイドル総司教を巻き込んだとされています」
アシルが補足する。
「この件はテイドル総司教の独断のようです。総本山には報告せず、良い結果なら自身の手柄にして、総本山での地位を得ようとしているようです」
「戦争になったとするとモリグル王国で動かせる兵は8万、拝神教は総本山が動かないとして1万くらいか。なんとかなりそうだな」
ウオルトの頭の中で戦略が固まる。
翌日、拝神教のテイドル総司教の呼び出しを受ける。
ウオルトとタツキ、護衛の兵6名で総支部に赴くことに。
案内された応接室は、国王の宮殿以上に豪華賢覧で、訪れるものを意威圧するに十分だった。ウオルトは内心で
「こんなに豪華にするなら、大切な信者の寄進を貧しいものに還元すべきだろう。信者を自身の栄達の道具としか見ていないのではないか」
テイドル総司教への評価はなされ、交渉の方向性も決まった。
神への恭順の意思を示し膝まづくウオルト達。タツキもそれにならう。
テイドル総司教は
「拝神教は唯一絶対の父なる神への信仰が教義である。イサマイン王国では竜神教なる邪神信仰が横行していると聞く。神への冒?であり許されぬことである。すぐさま邪神信仰を止めて、拝神教を広げなければならない。神の教えに背くおつもりか」
「民の心は弱いもの。日照りが続けば何かのせいにし、雨が降れば何かのおかげだと思う。そうして日々を暮らしてゆくもの。恵みをもたらすものにすがるのは本能のようなものだ。
日照りに窮したとき竜神教にすがって雨が降り、実りが生まれた。国として禁止しては民の心が政から離れる。様々な土着信仰を認める寛容さこそ為政者には必要なのだ」
ウオルトは竜神教を擁護し、テイドル総司教と対立も辞さない覚悟を見せる。
交渉は終わる。
3日後、ウオルト一行は帰国の途に就く。のんびりと城を後にし、城が見えなくなるや一行は速度を上げる。進展が望めなかった総司教がモリグル王国を動かして、追っ手を掛けるのではと警戒してのことだ。
カシオス4世が、追っ手を掛け暗殺すべきだとの意見に、ようやく決断を下したのは翌日になってから。ウオルト達は夜も駆け通しで、決断が下った時には道のりの半分を過ぎていた。
500騎のモリグル兵がようやく追いついたのは、国境付近の森のはずれ。草原にはザイ・カダルの遊牧民が多数キャンプを設営していた。それを見たモリグル兵はこれ以上の追撃は無謀と判断し、馬首を返して紛争を回避するのだった。
24.宗教介入
イサマイン王国やザイ・カダル連盟国にも、少なからず拝神教徒がいる。テイドル総司教は神の代理人。逆らうことは神に逆らうこと。豊かな生活との板挟みになり悩む人々に、竜神教の教えが救いの手を差し伸べる。曰く、人はより豊かに、より幸福を目指すべきだ。そこに生きる喜びがあり、明るい未来がある。竜神教の神はそれを手助けするもの。信仰に応えて神はより豊かな生活を約束する。決して拝神教の教えに背くものではない、と。
モリグル王国の侵略に不安を覚え、拝神教に見捨てられると感じた民衆は、竜神教によりどころを求めた。遊牧民たちは豊かになって行く生活の裏にタツキの魔力の存在を感じていた。イサマイン王国の民は奇跡を目の当たりにしていた。竜神教の存在しない元の貧しい生活に戻ることは絶対に避けたかった。
テイドル総司教の行動は、竜神教を排斥しようとした結果、人々を竜神教に引き付ける結果になったのだ。
ザイ・カダル連盟国の新しく作られた首都に着いたウオルト達は早速、盟主オプトカと打ち合わせをする。モリグル王国は侵略の準備を整えつつある。迎え撃つための相談だ。
連盟国の国民は定住に慣れてきたところ。家族や家畜を安全なオアシスの邑に預けて出陣できるとあって、士気は高い。
交渉の決裂を予期していたイサマイン王国からは、4万の軍勢が協力のため向かっていた。総勢8万を超える軍になる予定だ。
一方、モリグル王国は正規軍5万、諸侯の軍3万5千、テイドル総司教の率いる教皇軍1万5千、合計10万を超える。しかも、他の国境に備えの兵を残しているため、そこからさらに3万は動員可能だ。
交渉決裂から3か月後、モリグル王国は国境を越え進軍を開始した。ザイ・カダル連盟国の国土は草原地帯。見晴らしが効き、奇襲に不向きで、多くの軍を動かすに適した地形だ。連盟国もそれを承知している。
ウオルトは予想される進軍路の近くの小高い丘に注目。進軍路に沿って10か所ほど、千名ほどの騎馬兵が隠れる塹壕の整備をタツキに依頼する。モリグル王国の斥候が警戒するが、自然の地形にしか見えず、問題なしと報告する。
本体が移動した夜に、千名の騎馬隊が秘かに移動して隠れる。後からやってくる補給部隊を狙ってのことだ。夜のうちに油を含ませた藁を引き、土をかぶせておく。翌日の午後、補給部隊がやってきた。襲撃の狙いは物資。機動力を生かして補給物資の荷駄に近づき、火矢を撃ちかける。藁に含ませた油が燃え上がり、補給物資に燃え移る。確認した騎馬兵は追っ手が来る前に逃走。
補給部隊を守る守備兵が追いかけるが、待機していた千騎の兵を見て追撃を断念。物資の消火作業に戻っていく。
同様の襲撃を3回成功させると、モリグル王国側も対策をしてくる。教皇軍に補給部隊を任せることにする。神の姿の旗を掲げた荷駄を焼き払うことに連盟軍が躊躇しだす。想定内である。
ついにタツキの出番だ。夜、ほとんどの兵が軍装を解き、テントで眠りに就こうとした時、突然強風が吹き始める。慌てるモリグル兵。風は勢いを増す。テントが吹き飛ばされそうになる。必死で抑えようとするが、一割のテントが引き飛ばされ、行方が分からなくなる。強風は一晩吹き荒れ、朝に止んだ。眠れない夜を過ごした兵達に疲労が見える。
日中は穏やかだが、夜に強風が吹き、兵たちは眠れない。4日も連続すると兵に動揺が広がる。
兵の動揺を抑えるため、総司教がお触れを出す。
「これこそが魔女の力であり、神をも恐れぬ所業である。神はお許しにならない。神罰が下るだろう。我が軍は神軍である。神の与えたもう試練に打ち勝ち、魔女を滅せねばならない」
兵達は気力を奮い立たせるが、拝神教の司教たちが神に祈っても変わらない。夜の強風が5日、6日と続くと、竜神教の神が正しいのではと考えるものが出始める。睡眠不足で体調不良を訴えるものが続出する。
仕方なく日中に休息をとることにする。休もうとすると近くで蹄の音と砂ぼこりが立つ。敵襲と身構えていると、敵の姿はなく、応戦準備を解く。しばらくしてまた同じことが起きる。慣れてきて応戦準備を怠った時、連盟軍が丘の陰から飛び出し、矢を射かけて去って行く。昼間も休む暇がない。脱走兵が出始める。
そこに追い打ちをかけたのがが水不足。オアシスをたどって進軍を計画したが、軒並み干上がり、遠くから運ばなければならなかった。補給部隊の仕事が増え、さらに襲撃に備えて守備兵も回さなければならなかった。
ようやく、連盟国の新首都に3日の距離にたどり着く。
そこにイサマイン王国とザイ、ガダル連盟国の合同軍が陣を敷き、待ち構えていた。
しばらく投稿できなかった。季節は花粉症。桜の下で見上げては鼻をすする。涙をふく。
こんな春は嫌いだ。杉のない国に生まれたかったと思うこの季節。
でも、満開の桜はやっぱりいい。また、みんなで桜の下で花見ができると良いのになぁ。