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 竜走部の先輩たちと出会い早速空を飛ばせてもらうこととなったみさお。

 まずはそのための準備をする。

「んじゃあ早速着替えてもらおうかねぇ」


 部長の一ノ瀬瑞希がプレハブ小屋の鍵を開けた。中の広さは八畳ほどでうち三分の一はライン引きやハードル、カラーコーンといった備品置き場となっている。残りの三分の二を竜走部が部室代わりに使っているようで、狭いスペースにベンチや小さなテーブルなどが置かれていた。


「荷物はそこの空いているところに適当に入れてね」


 瑞希が指さしたのはロッカーなどではなく体育の備品等を入れてあるマス目状の棚だった。棚の他のところにはリレーのバトンやラダー、何かの横断幕等が入っている。棚は年季が入っていたが掃除は行き届いておりほこりなどは積もってはいなかった。


「すまないねぇ、備品が古くって。ふきんとかあるけど使うかい?」


「いえ、大丈夫です。棚、全然きれいですし」


「そう。一応貴重品入れとかもあるから必要があるなら言ってね。あとは……あ、着替えるとき外にいたほうがいいかな?」


「それも大丈夫です。下に体操服着てきました。それじゃあすぐに着替えちゃいますね」


「おやおや。本当にナイスなやる気だ」


 瑞希が感心する横でみさおが制服を脱ぐと確かにその下には真新しい体操服が着てあった。この上に竜走用の騎乗服を着る。みさおはバッグから自分の騎乗服その他一式を取り出した。

 改めて説明するが竜走とは竜人・ドラゴンと騎手・ライダーとがペアを組んで空を飛ぶスポーツだ。その飛行高度は数百メートルから千メートルを超えることもある。これは竜人ならまだしも一般的な人間にとっては生身でいるには少々酷な高度であり、そのための装備が専用の騎乗服であった。

 ライダー側の騎乗服は一般的に上下一体型のつなぎのような服で、野暮な見た目とは裏腹に竜走に必要な機能が数多く内包されている。高性能な防風防寒機能はもちろんのこと命綱やハーネス・ランヤードを通すためのベルト。足を固定するためのクリッパー。背中には小型のパラシュートといったものまで付いている。

 初心者では着るだけでも大変な服であるが、みさおは慣れた様子でそれを着込み安全装置の点検も手早く済ませた。


「……よし!着替え終わりました!」


「おー早い早い。それじゃあ私らは外で待ってようか。じゃあ真奈美、先行ってるから」


「はい。すぐに着替えますね」


 返事をして部室に残ったのは二年のドラゴンの先輩だった。彼女だけ残したのはドラゴン側の競技服は構造上、下着ごと着替える必要があったためだ。

 当然の話だがドラゴン側の競技服はライダー側のそれとは全く別物だ。それを知っているからこそみさおと部長、それともう一人の先輩は彼女を残して部室から出るのであった。外に出た三人はプレハブ前の陽の当たるところで待つことにした。



「う~、やっぱりまだ風が吹くと寒い~。私も騎乗服持ってくればよかった~。騎乗服あったかそうでいいな~」


「あ、はい。あったかいです。えっと……」


「?……あぁ、ごめんごめん。自己紹介まだだったね~。私は二年の白瀬(しらせ)陽菜(ひな)。よろしくね~」


 白瀬陽菜。緩い口調の二年生で、ふわふわとした長めの髪に服の上からでもわかるくらいにスタイルがいい。おそらく共学だったらかなりモテていたであろう先輩だ。結構な美人だがそこ以外に外見に大きな特徴がないことからみさおと同じ未発現系統――俗に普通系統と呼ばれるタイプだろう。


「そっちは確か、みさおちゃんだったよね~」


「はい。北条みさとです」


「よかった、あってた~。じゃあみさおちゃんって呼ぶね~。ほら~、部長も自己紹介してくださいよ~」


「私はさっきしたんだが、まぁいいか。改めて部長の一ノ瀬瑞希だ。で、今中で着替えているのが陽菜と同じ2年の黒田(くろだ)真奈美(まなみ)。見て分かったと思うがうちで唯一のドラゴンタイプの部員だな」


 黒田真奈美。陽菜と同じく二年生で現在竜走部で唯一の竜系統の部員である。身長は190センチほどで髪は毛先が肩にかかるくらいのショート。長い手足には程よく筋肉が乗っており、そのスタイリッシュな姿から陽菜とは別ベクトルでモテそうな先輩だった。


「ドラゴン状態のまなちゃんも可愛いから期待しててね~」


「可愛いかはともかく真奈美は結構速いからそっちの方を期待してもいいぞ」


「え~?ともかくって何ですか~?まなちゃんは可愛いですよ~」


「あー、わかったわかった。わかってるって。……あー、そういえば北条は一人で入学してきたのか?ドラゴンタイプの部員が増えると嬉しいんだが……」


「あ~、そうですよね~。ライセンス持ってるってことは前々から乗ってたってことですからね~」


 ライセンス持ちならば以前から組んでいた相手がいるのではという質問だったが、これにみさおは申し訳なさそうに頬を掻く。


「すみません。私はジムの体験コースでしか竜走したことないんで……パートナーもジムの人ばかりで……」


「そりゃ残念。まぁ普通の部員でも大歓迎なんだがね。……と、真奈美も準備ができたようだ」


 耳をピクリと動かした瑞希がプレハブ小屋の方に目をやるとその言葉通りすぐに扉が開き、そして「お待たせしました」とロングのベンチコートを羽織った真奈美が出てきた。



 ロングのベンチコートを羽織った真奈美はプレハブ前で待っていたみさおたちに近づいた。


「お待たせしました。それじゃあ北条さん、軽く準備運動をしたら飛ぼうか。と、その前に自己紹介がまだだったよね。私は二年の黒田真奈美だ」


「あ、自己紹介なら先に私たちがしておいたよ~」


「何で人の自己紹介を勝手にしてるんだ……。まぁとにかくよろしく。それじゃあ少し体をほぐそうか」


 竜走がスポーツである以上準備運動は欠かせない。ただ騎乗するだけのみさおでもだ。二人は軽く雑談をしながら準備運動を行う。


「へぇ、ジムでか。そういえば大きなジムなら竜走体験できるって聞いたことあるなー。でも市内にそんなジムあったっけ?」


「はい。隣の市のジムですね。電車で一時間くらいかかります」


「一時間!?ということは移動の往復だけで二時間か!うへー、そりゃ大変だ」


「あー、でも行くのは竜走体験があるときだけなんで月一くらいですね。なので総飛行時間はそれほど多くはありません。たぶんすぐに部活での飛行時間の方が長くなりますよ」


「あはは、そうかもね。それじゃあそろそろ初フライトと行こうか」


「は、はいっ!」


 程よく体を温めた二人は続けてグラウンドの山肌側の方に移動した。ひゅうと吹いた強い風が二人の髪を揺らす。

 ここ第三グラウンドは春風女子高等学校の裏山、その中腹にある。そんな立地のため基本物陰以外ではこうして山肌を駆け上がる風がもろに当たっていた。今は春とは名ばかりの四月初旬でその風はまだ冷たく強い。しかしそれを気にせず真奈美は着ていたベンチコートを脱いで傍の陽菜に預けた。その下には、一見すると下着姿のような、ドラゴン用の竜走競技服が着用されていた。


 前述した通り同じ竜走用競技服といっても、翼で空を飛ぶドラゴンとその背中に乗るライダーとではその服の構造は大きく異なる。ライダーであるみさおが来ているのは傍から見ても暖かそうな上下一体型のつなぎのような服だったが、ドラゴンである真奈美のそれは見た目は陸上競技の選手のような薄手のものであった。それは見ている方が寒くなるような露出の激しいデザインだったがそれには当然理由がある。


「それじゃあ竜形態になるからちょっと待っててね」


 そう言うと真奈美少し距離をとってから「ふうっ!」と息を吐いて全身に力を込めた。するとどうだろう、徐々に真奈美の体が膨張していくではないか。しかもそれだけではない。一呼吸ごとに肌が変色し、硬質のうろこのようなものに変化していく。

 始めて見る人は少女の変化に驚くことだろう。しかしみさおたちは皆それが当たり前という風に彼女の変化を見守っていた。こうして三分と立たないうちに真奈美は高さ4メートルほどの、首と尾を伸ばせば全長8メートルを越える翼を持つドラゴンへと変化したのであった。これが竜系統の人間の持つ能力――『竜変化』であった。

 変化が完了した真奈美は人間形態時よりもやや低い声で呟く。


「ふぅ……なんか数日ぶりなのにすごく久しぶりに変身した気がするな。服とか大丈夫?破れてない?」


 ひねりながら自分の体を改める真奈美。陽菜も近づいて問題がないか確認する。だが特に問題はないようだ。真奈美の競技服はきちんとその伸縮性を発揮して一か所も破れることなく真奈美の体を保護していた。


「え~っと~……うん大丈夫だよ~」


 目視で確認していた陽菜も太鼓判を押す。この柔軟すぎると言ってもいいほどの伸縮性はドラゴン用の競技服の特徴の一つであった。


「ありがと。じゃあお待たせ、北条さん。それじゃあ飛ぼうか!」


「は、はいっ!よろしくお願いします!」


 みさおは力強く一礼をした。

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