婚約者にデロデロに甘やかされるお話
ユーナリア・ミスティー男爵令嬢。それが私。赤毛に緑の瞳の平凡な容姿。男爵家の中では平凡な地位。そして平凡な成績。私には、本来なら身の丈に合わない婚約者がいる。ロナルド・エクター公爵令息。親同士が仲が良かったため、幼い頃から婚約している。金のきらめく髪に、春の空のような青い瞳。容姿がとても整っている上に、紳士で優しい彼は人気者だ。気後れしてしまうくらいには。私は、そんな彼に恋をしている。いつからかはわからない。ただ、自覚したのはつい最近。きっかけはロルが私にいつも通り微笑んでくれた時にどきりとしたこと。今までもずっと好きだったのに、我ながら自分の感情に鈍過ぎる。
ともかく、私は恋に気づいてからというもの容姿に気をつけるようになった。ロルのために可愛くなりたいのだ。
「ど、どうかな?可愛いかな…?」
鏡の前でお化粧をした後に一人呟く。この国の貴族の子供に課された義務である、貴族学院での生活は寮生活。使用人も連れて来られないので全てを自分でこなさなくてはならない。当然身嗜みもだ。
少しでもロルにドキドキして欲しいから、頑張って可愛くしてみたけれど似合っているだろうか?不安になるが、ロルをこれ以上待たせる訳にいかないので急いで寮を出る。
寮から出ると、ロルが笑顔で手を振ってくれていた。
「おはよう、可愛らしいお嬢さん」
「おはよう、ロル!どう?可愛い?」
「とても可愛らしいよ。流石は僕の婚約者だね」
「ふふふー!まあねー!」
「…可愛くなりすぎて、困るくらいだけれど」
「え?」
「なんでもないよ」
誤魔化すように私の頭を撫でるロル。どうしたんだろう?
校舎に着くと、ロルは一気にみんなに囲まれる。
「ロナルド、おはよ」
「おはよう、諸君!今日もいい朝だねぇ」
「ロナルド、今日の放課後ロナルドの部屋で賭け麻雀しようぜ!」
「おおっと、それは良いお誘いだ!君たちをたちまち一文無しにしてあげよう!」
「いいなぁー!ロナルド君、男子だけじゃなくて私達とも遊ぼうよー」
「婚約者を放って他の女子とは遊べないなぁ…ごめんね?」
女子の目が怖いからやめてよ、ロル!
「いいなぁ、ユーナリアさん」
「ねえねえ、私と婚約者交換しようよー」
多分半分本気で言ってるんだろうなぁ。
「おや、それは困るな。僕の婚約者を唆さないでくれ」
「ロナルド君本当にユーナリアさんにぞっこんだよねー」
「まあね。可愛い婚約者だから」
いつも通り私の頭を撫でるロル。…もし、婚約者じゃなかったら、こんな風に過ごすことはなかったんだよね。私は幸運だ。
ー…
俺の婚約者は世界一可愛い。
幼い頃、初めて出会った時からずっと愛している。一目惚れだった。純粋で無垢な彼女の内面を知ってもっと好きになった。
彼女の前では本当の俺を出さないよう、紳士で優しい、彼女の憧れの絵本の中の王子様を演じてきた。
どう考えても、俺にはユーナが必要で。だから、ユーナも俺を必要とするように、長い時間をかけて俺という存在をユーナに刷り込んできた。
そんなユーナは、ある日突然今まで以上に可愛らしくなった。それはどう考えても俺へのアピールで。時々こちらの顔色を伺うユーナが愛おしくて仕方がない。
ユーナを感情に任せて押し倒してしまわないように、俺は必死で我慢している。
ー…
「ふんふんふーん」
鼻歌を歌って着替えるのは、初めて袖を通すドレス。可愛らしくなるようにお化粧もして、準備は万端!
「今日こそロルに告白してみせる!」
私は、男子寮のロルの部屋に向かった。
「やあ、突然来たからびっくりしたよ。どうしたんだい?…なんだか、今日は一段と可愛らしくなってるね?」
目をパチパチさせるロル。その反応が見たかった!
「ふふ、うん!気合い入れてきたんだよ?」
「それは…うれしいな…」
顔を真っ赤にするロル。脈あり?女の子としてみてくれてる?
「あ、ごめん。とりあえず上がっておくれ」
「ありがとう、ロル!」
ロルの部屋に入った。意外と殺風景なんだよね、ロルの部屋って。
「こんなに可愛くなってしまうと、ドキドキしてしまうな」
「本当!?ロル、大好き!」
「ふふ。そういう反応は昔から変わらないね。僕も大好きだよ、ユーナ」
「でね、あの…私、今日は伝えたいことがあって…」
「うん、もちろんちゃんと聞く。どうしたの?」
「私、私ロルのことが、好…むぐ」
好き、と伝えようとした瞬間ロルの手で口を塞がれる。
「ごめん、ユーナ。先に僕から伝えさせて?…好きだよ、ユーナ。愛してる。どうか、ただの親同士の決めた婚約者ではなく、君の恋人にして欲しい」
真剣な表情で捲し立てられて、手が私の口から離れた。
「…本当?本当に本当?」
「うん、もちろん。可愛い婚約者にこんな嘘をつく訳ないだろう?」
「ロル、私も大好き!」
嬉しすぎて、涙が溢れてくる。それを誤魔化すようにロルに抱きつく。
「じゃあ、晴れて恋人同士だね。嬉しすぎてどうにかなりそうだな…」
「私も!」
「ユーナにそう言ってもらえると嬉しいなぁ…せっかく想いが通じ合ったんだし、デートにも行きたいね、ユーナ?」
「うん、でも今は二人きりで幸せを噛み締めたいな」
「ふふ、うん。僕もだよ、ユーナ。…本当に、可愛い」
いつも通り私の頭を撫でるロル。こうして想いが通じ合うなんて、幸せだなぁ。
ー…
ようやく来たこの展開に、俺はやっと胸をなでおろした。ここまで長かった。
ユーナに俺という存在を刻みつけ、ユーナを狙う男どもを時に威嚇し時に排除し、どこまでも可愛らしいユーナとの仲を周りの浅ましい女どもに見せつけて。
やっと、やっとユーナが俺のモノになった。
「はやく結婚したいね、ロル」
「僕もだよ、ユーナ」
ユーナは、俺がどれだけ努力してユーナの隣をキープしてきたか知らない。俺がユーナに群がる男どもを駆除してきたことも知らない。俺がわざと女どもにユーナを大切にしているのを見せつけていたことも知らない。
このまま、ユーナはずっと俺だけを知っていればいい。ずっとずっとずっと、これまで通り。俺以外のことになんて注意を向けないで。
…絶対、離さない。