公園の少女
逢魔が時……それは、ちょうどこんな夕方のことを言うのだろうか。
バイトに精を出すわけでもなければ、青春を捧げる部活にも入っていない。
いつもの友人たちとファミレスで適当に宿題を片づけ、俺は一人ぶらぶら散歩気分で家へと向かっていた。
ふと見上げた空は濃いオレンジと紫とが入り混じり、お世辞にも綺麗とは言えない夕暮れだった。
「ん……?」
公園を突っ切るのはいつもの近道だが、一人の少女がベンチに座っているのが視界の端に入った。
思わず足をとめる。
見た感じ、まだ幼稚園児といったところか……かなり幼い。しかも、遊具や砂場で遊んでいるわけではなく、ポツンと所在なげにベンチに腰かけているのだ。
迷子だろうか……。
声をかけそうになって思いとどまる。
これはアレだ!
不用意に話しかけてしまったら「声かけ事案」として、地域のママさん達の不審者情報メールに載せられてしまうやつだ!
少々可哀そうだが、少女には自力でなんとかしてもらうしかない……。
恨むなら俺じゃなく、世知辛い世の中を恨んでくれ!
しかし、再び歩き出した俺は公園を抜けきることはできなかった。ベンチから降りた少女が、タタタッと駆け寄って来たのだ。
「お兄ちゃん、何してるの? 迷子? ……大丈夫?」
ちょっと垂れ気味のまるい瞳で、心配そうに見上げてくる。
「は? なんで俺が、迷子……っ…、…」
心外だ。
自分が心配していた相手から逆に心配されるなんて、複雑にもほどがある。しかし、そんなモヤモヤは小さなことだった。
俺は少女を知っていたのだ。どこの家の子だとか、名前とか、そういう個人情報云々ではなく、少女は俺の記憶のどこかに確かに存在した。
「えーっと……俺たち、知り合い?」
自分の記憶力の悪さは毎日の英単語の小テストで嫌と言うほど思い知らされている。
俺は年上というプライドをあっさり捨て、少女に問いかけた。
「どうかな……ずっと前に、会ったこと……あるかも……」
ずっと前……えーっと、それは君が赤ちゃんの頃かな? なんて、アホみたいな質問をしかけて、口をつぐむ。
知り合いだろうがなかろうが、どうでもいいじゃないか。
俺は軽く肩をすくめた。
「とにかく、もうすぐ暗くなっちゃうから……家に帰りな。おうちの人が心配するぞ」
俺だってヒマじゃないのだ。
さっさと家に帰って、最近ハマってるゲームにログインしなくてはならない!
フレさん達が俺を待っている。
ギルドクエストにも参加しなくちゃいけないし、メインクエストのヒロインの好感度だって稼ぎたい。
ふと、さっきファミレスで会計の時に飴をもらったのを思い出した。
ポケットから引っ張り出して少女の目の前に差し出す。
「これやるから、な? いい子は家に帰る! 帰り道が分からないってわけじゃないんだろ?」
「…………うん」
少女はちょっと不満そうな表情をしつつも、サイダー味の水色の飴を受け取った。
よし! 俺は帰る!!
「じゃあな! 気を付けて帰れよ~っ!」
小さな頃、友達と別れ際にやったようにバイバイと手を振って俺は公園を後にした。
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「まったく! なんで気づかないのっ!」
もらった飴を口にぽいっと放り込み、もごもごと頬張りながら、先ほどまで座っていたベンチへと戻る。
選ばれた勇者候補を自分達の世界へ導く予定だったというのに……。
メインクエストのヒロインである自分に、毎日せっせと好感度アッププレゼントを贈っておきながら、何故! 今! 気づかないのだ!?
ちゃんと認識してくれないと連れて行けないじゃないか……。
「幼少期の姿なのが良くなかったのかしら……」
小さくため息をついて、複雑そうに幼い体を見下ろす。
スタートダッシュを決めようと、メインクエストをオートの早送りなんかするから、ヒロインの幼少期の姿を覚えていないのだ! バカモノが!!
幼い頬をぶぅと膨らませ、次の……8人目の勇者候補こそ自分のことを覚えていることを祈りつつ、ベンチの背もたれに体を預けた。
口の中で小さくなってゆくサイダー味の飴は、甘く切ない味がした。