はじまり
ここは、とある森のとある場所。
一人の赤子と、その子を大事そうに抱きかかえた女性がそこにいた。
「はぁ…はぁっ…」
長く美しい銀髪を靡かせ、懸命に森を駆ける女性。
何かに追われているのか、必死に走っている。
だが、衣服はぼろぼろで、怪我をしているらしく、全身、血だらけだ。
焦燥しきった表情には、一切の余裕がない。
それでも、彼女は懸命に駆け続けていた。
決して速くはない足取りではあった。
だが、ただただ懸命に、足を進め続ける。
「希望は、捨てません…!」
決意を込めた表情を浮かべる。
だが、嗚呼、現実は無情だ。
彼女の向かう先は木々に取り囲まれている。
そして、後ろからは彼女を追う気配が近づいていた。
もはやこれまで。
誰の目にもそれは明白だった。
立ち止まる女性。
自らの胸の中にいる赤子をみやり、悲しそうな笑みを浮かべる。
「…だぁ?」
不思議そうな表情を浮かべる赤子。
しかし、そこには相手への確かな信頼が感じられた。
「母は、確かに愛していましたよ…アル…っ」
そこで彼女は倒れ伏す。
なんと、彼女の背にはナイフが突き刺さっていた。
それで彼女が刺されて死んだことは明白だった。
そこに2人の男たちが現れる。
「よしっ、命中、っと。ったく、手間ぁ取らせやがって…!」
「まったくだ!…でも、ただ殺すには惜しい女だったな。一回ぐらい味見をしてから殺すんだったぜ…」
面倒くさがるような仕草を見せる小柄な男と、下卑た笑みを見せる大柄な男。
「違ぇねぇな。でも、女一人殺すだけで一生遊んで暮らせるぐらいの金が手に入るんだ。文句は言いっこなしだぜ。屍姦の趣味があるんなら今からでも遅くはねぇだろうが…」
「いや、無ぇ!無ぇよ!ったく、何てこと言いやがる。…ん、餓鬼がまだ生きてるみたいだぜ。殺しちまうか?」
「…ん、いや、待て。あれほどの女の餓鬼だ。ただ殺しちまうには惜しいな…」
彼らの仕事は女性を殺すことだけなので、赤子の生死は問われていない。
成長したら男娼として高く売り払えるかも知れないし、そうでなくとも従順な労働力とすることはできるだろう。
下手な奴隷を買うよりも、子供の頃から躾けてやればよほど効率が良い。
小柄な男はそう考えたようだ。
「よしっ、俺が拾ってやる、感謝しろよ!えーと、なんつったっけ、最後、『アル』とか呼ばれてたよな?名前考えるの面倒くせぇし、まぁそれでいいだろ。おい、お前の名前は「アル」だ。俺たちの言うことをよーく聞けよ?」
にやりと赤子に笑いかける小柄な男。
「…だぁ?」
男の言っていることなど、当然、理解していない。
「…ちっ。まぁ、いい。ズラかるぞ。髪を切って、依頼達成だ」
「おうっ!」
意気揚々と頷き、返事をする大柄な男。
二人は赤子を抱き抱え、女の銀髪を切断し、手にしていた袋に共にしまう。
そして、あっという間にその場を立ち去ってしまった。
数刻。
森は再び静寂に包まれる。
『アル…』
その呟きは誰によるものか。
それを知るものはもはやこの森には存在しないのだった。
小説を書くのは中学生時代以来となります。あれから十数年。いたらぬ身ではありますが、よろしくお願いいたします。