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TIN   作者: SYU
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外伝小話 -鳥籠-

物心ついたときには、鬱蒼としげる森に囲まれたお屋敷の、一番奥の部屋で隠されるようにして生活していた。身の回りの世話をしてくれる召使いのような人はいたけれど、僕と少しでも「 余計なおしゃべり」をすると、その召使いは次の日にはもう解雇されて別の人間に変わっていた。少しでも外に出たいというと、「貴方は身体が弱いので、外出は旦那様から硬く禁止されています」と言って取り合ってくれなかった。


僕の部屋に定期的に贈り物が届けられたのは、きっとお父様の矜持と罪悪感からだったと思う。けれど、綺麗なお洋服も、お人形も、植物図鑑も、冒険譚がたくさんのっている本も、珍しい鉱石も、精密な車の模型も正直興味はなかった。

こんなものをいくらもらったって満たされなかった。ただ一目会いに来てくれればいいのに。でもお父様は、忙しいから、しょうがないよね。最近はこのお屋敷自体にもなかなか帰らないそう。そんなことを自分に言い聞かせながら僕は随分と長い間、ただ息をして、食べて、眠る。そんな生活を繰り返していた。


そんなある日、お父様から一匹の小鳥が贈られた。美しい声で鳴く、檸檬色の可愛い小鳥。この鳥のことが知りたくて、僕は召使いを通してお父様に図鑑をねだった。なにかをねだるのは生まれてはじめての経験だった。数週間後、一冊の鳥類図鑑が届いた。

重厚な装丁の図鑑を大切に胸に抱いて、小鳥のことを調べた。小鳥はカナリアという種類だった。


カナリアを飼い始めてから、僕の生活は一変した。小鳥はくるくるとよく動き、ときに僕の手から可愛らしく餌を食べた。部屋の中を飛び回ったりすることもあったけれど、愛玩用に風切羽を切られているらしく長くは飛べないようだった。

一日中眺めていても飽きなかった。

この小鳥は僕が守ってあげようと思った。


毎日大切に世話をしたせいか、カナリアは平均寿命の7年を過ぎた後もまだ元気だった。最近は贈り物の頻度も減り、お父様も随分長く家に立ち寄っていないようだけれど、僕には、僕の小鳥がいるから寂しくはなかった。小鳥のお世話をしていると1日はあっという間に過ぎた。


お父様から久しぶりの贈り物が届いた。

とても美しい砂糖菓子だった。

一口含むと、強烈な甘さのあとに、急激な舌が痺れ、吐き気がした。呼吸ができなくなる。ああそうか、と悟った。



僕は知っていた。召使いたちが話すのが聞こえたから。

お父様が男なのだか、女なのだが分からない僕の身体をおぞましいと言っていたこと。

一族の恥だと疎んでいたこと。

そんな身体なのに、顔だけは、自分を捨てていった母親の美しい顔と瓜二つなのが耐えられないと言っていたこと。

そして後妻との間に子ども───僕の弟が生まれたこと。

後継のできたこの家で、僕がもう用無しなんだと理解していた。それでもたったひとかけらだけでも、あなたに愛されていたのだと信じたかった。


暗転。


どれくらいの時間が経ったのだろう。気がつくと枕元で僕のカナリアが冷たくなっていた。この部屋で放し飼いにしていたから、きっとこのお菓子をついばんでしまったのだろう。あるいはいつものように、僕が餌をくれたと思ったのだろうか。

生き残った驚きよりも、カナリアの死がショックだった。

悲しくて悲しくて、涙が一粒落ちた。たった今父親に殺されかけたというのに、鳥一匹の死を憐れむことができる自分が滑稽だった。ふらふらと立ち上がると、扉に手をかけた。扉は簡単に開いた。部屋に鍵は付いていなかった。


お父様、あなたは僕が自分の意思でこの部屋を出るなんて思ってもいなかったのだね。

それとも、あなたにとって、僕はいてもいなくてもどちらでも良い存在だった?


自分のことが滑稽で滑稽で憐れで、僕は狂ったように笑いながら屋敷の周りの森を駆け抜けた。僕は籠の中の鳥だった。あのカナリアは僕だった。


一服盛られた後なのに、そんなことは気にせずに走り続けた。久しぶりに吸う外の空気は、冷たく肺が痛くなった。苦しくて立ちくらみ、ほんの少しだけ意識を失っていたと思う。目覚めると周囲の森の様子がさっきとは少し異なっていることに気づいた。

隣にヨレヨレのスーツを着た男性がひとり横たわっているけれど、どうでもよかった。

とりあえずこの森を抜けなくては…。ポツリと呟くと僕は歩きはじめた。


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